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「Make-up Shadow」井上陽水(1993)

 おはようございます。今日は井上陽水の「Make-up Shadow」です。

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  井上陽水には名曲が他にもたくさんあるのに、どうしてか、この曲が昔から妙に好きなんですよね。

 1993年のテレビドラマ『素晴らしきかな人生』の主題歌でした。浅野温子織田裕二が出演していましたっけ。

 サブスクで彼の人気曲をチェックしてみると、「少年時代」と「夏の終わりのハーモニー」が2トップで、その次がこの曲か「夢の中へ」という感じでしたので、相当な支持されていて、なんだ、みんな好きだったんじゃん、と思いました。。。

 しかし、考えてみると、「夏の終わりのハーモニー」の作曲は玉置浩二、「少年時代」は平井夏美川原伸司)との共作、この「Make-up Shadow」は佐藤準ペンネームは彩目映)と、人気曲の作曲は意外にも本人以外が関わっている、という共通点があることに気づきます。彼のレパートリーは自身が作詞作曲の両方をやっているものが圧倒的に多いですからなおさらです。

 作曲の仕方について、彼は昔こう語っていました。

「おれの曲の作り方というのは、だいたい自分の声でうたいながらつくっていくんだよ。もちろんギターは弾くんだけどさ、ギターをティンティンティンと弾いて、うん、このメロディだというふうにやるんじゃなくて、ララララーとうたいながら声でメロディをさがしていく。それで、これこれ、この感じだよというふうに決めていくわけ。それからそのメロディに合わせて歌詞をつける。最初からずっとそのやり方だね」

 (「満月 空に満月」海老沢泰久

 単純に旋律を探すというよりも、歌メロを探す、に近いんですね。彼のほどの魅惑的な声の持ち主であれば、深く納得できるところでもあります。 

 たとえば「少年時代」は、陽水が自分でギターを弾くのじゃなく、川原の弾くピアノに合わせて歌いながら出て来たメロディをもとに、二人で15分ほどで作り上げたといいます。

 かなり感覚的に自分の歌声から曲を作るわけですから、調子の波もあってなかなか曲ができない時期もあったようで、特に「いっそセレナーデ」の少し前は大スランプで、知人からビーイング長戸大幸を紹介されて作曲してもらったのが、「悲しき恋人」というシングルだったという話も以前のこのブログでご紹介しました。

 この「Make-up Shadow」のときもスランプだったかどうかはわかりませんが、作曲した佐藤準はこう回想しています(佐藤準は前年に陽水のセルフ・カバー・アルバム「ガイドのいない夜」にアレンジャーとして参加していました)。

「あれはね、実はある女性アーティストに書いた曲だったんですよ。で、その曲をレコーディングしてる時に、ひょいと井上陽水さんが突然現れて、「この曲ちょうだい」って(笑)。」

「『キーもそのままでいい』って言うんだよね。もともと女性用に書いた曲だから、男性が歌うにはキーが低いんだけど、オケも録ってあったものをそのまま使って。それで陽水さんが歌ったのを聴いた時にすごくハマっててびっくりしました。あの曲はそもそもボツ曲候補でしたから、陽水さんが拾ってくれなかったら、この世に出ていなかったかもしれなくて。そういう偶然ってこういう仕事してる人はみんな、何かしら経験しているんじゃないですか?」(「ニッポンの編曲家 歌謡曲/ニューミュージック時代を支えたアレンジャーたち」)

 陽水本人がその場で聴いて、これは自分にぴったりだと判断を下したわけですね。彼は”歌手井上陽水”を客観的にプロデュースする感覚があったのかもしれませんね。ちなみにこの曲の次のシングルは筒美京平作曲の「カナディアン・アコーディオン」(佐藤準 編曲)でした。

 「Make-up Shadow」を陽水らしくしているのは、歌声だけじゃなく、彼独特の謎めいて意味不明(?)なのに、妙に心惹かれてしまう歌詞も大きなポイントでしょう。

 ビートルズに大きな影響を受けた彼は、当初の意識はあくまでもメロディ優先で、歌詞について自分のスタイルを見つけたのは後になってからで、ボブ・ディランの「女の如く(Just Like a Woman)」を聴いた時のことだったそうです。

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 Nobody feels any pain "だれも苦しみを感じない”というわけの分からない、でもインパクトのあることを言って、最後の四行で言いたいことを言うと、それが映える。逆に最初が説明っぽくなるとつまらなくなる、ということに気づいたといいます。

 もうひとつ、韻を踏む効果にも彼は気づきます。

「日本語で韻を踏むというのは、言葉の性質上むずかしいんだけどさ。でも、韻を踏もうとすると韻の方が優先して、かえって詞が面白いことになるんだよ。ストーリーより、Takes,makes,aches,breaksなんてことばっかり考えているわけだからさ、それに引きずられて言葉がどんどんあっちに行ったりこっちに行ったりして、全体がとんでもない流れになる。つまり、ストーリーに忠実にしたがってると想像の域を出ないけど、韻を優先すると想像の域を出ちゃうわけよ。どうしてこんなとこでそんなことをいうわけ?というような言葉が出てくる。それが面白いわけよ

 それに気づいてから、おれはそんなことばっかりしてる。だから逆引き辞典なんかよく使うよ。どうしてもこういう響きの言葉を使いたいところが出てくると、逆引き辞典で調べて、こんな言葉しかないのかと思っても、まあいいかとそれを使っちゃう。そこらへんが、おれの歌がどうしてそんなへんな言葉が出てくるのといわれるところなんだけどね」 (「満月 空に満月」海老沢泰久

 僕は海外のソングライターたちが曲を作る現場を何度も見たことがあります。たいていはダンス・ミュージックで、トラックを作る人と歌いながらメロディと歌詞を考える人という分業になるわけですが、メロディと歌詞を考える人のうち実に多くの割合で、インターネットで”同じ韻の言葉”を検索できるサイトを使っていました。欧米のポップ・ミュージックでは韻を踏むことは常識というか<大前提>なんですね。歌詞の辻褄(つじつま)よりも、メロディ、リズムとのマッチングという音楽的な要素を欧米では最優先するわけです。

 それに比べて、日本語の場合は、曲の中に入れられる語数が少なく、発語が明快なので、韻を優先すると、妙にそこだけが目立っちゃうという特性があります。

 ただ、確かに彼のように、韻は踏んでいても歌詞の内容と関係のない言葉をあえていれると、その面白さ、不思議さの方に聴く方はつられてしまう、という新たな効果が生まれるわけですね。しかし、それにはかなりのセンスがなければ、ただのデタラメになってしまうはずなので、そこが彼の凄いところでもあるのでしょう。

 まあ、あれだけの歌声で歌われるとどんな歌詞でも説得力を持って聴こえてしまいますが、、、。 

 最後に彼の曲をもう一つ、「いっそセレナーデ」を。これもやっぱり名曲ですね。レコーディングで彼が何度も歌った中で、出だしの”あまい口づけ〜”が抜群によかったテイクがあったそうで、そこだけはそのテイクを使っているそうです。確かに、歌い出しでこれほどつかまれる曲はなかなかないですよね。

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