おはようございます。
今日は中山美穂の「ROSÉCOLOR(ロゼカラー)」です。
中山美穂の楽曲はすごくバラエティに富んでいて魅力的なものが多くて、時代ごとの追っていくとその変遷ぶりもかなり興味深いのですが、個人的には1988年あたりから1991年くらいにかけての彼女の曲はまさに”どんぴしゃ”で、当時一番好きな女性シンガーだったかもしれないです。
筒美京平、小室哲哉、大村雅朗、船山基紀といった人たちが手がけたポップなユーロビート路線の後を継いだ角松敏生は最初の「CATCH ME」でこそユーロ・ビートでしたが、その次の「YOU'RE MY ONLY SHININ' STAR」ではメロウなR&Bへとチェンジしました。
彼女やWinkの和製ユーロビートは、なぜか今のシティポップ・ブームの中心人物の一人、韓国のNight Tempoがリミックスして人気が再燃していますが、本来の意味でシティポップと共鳴していると感じるのは「YOU'RE MY ONLY SHININ' STAR」以降の曲じゃないかと僕は思っています。
そこで、僕が注目したいのが、角松の後を継いで中山美穂の曲を手がけたCindy(シンディ)という女性シンガー・ソングライターです。
彼女は作詞の康珍化と組んで1988年に「人魚姫 mermaid」、「Witches」と2枚のシングルを手がけます。
当時、大ブレイクしていたジャム&ルイスなどに代表される”打ち込みR&B”、”デジタル・ファンク”サウンドをとり入れています。
「人魚姫 mermaid」のアレンジを手がけたのは、ROD ANTOON。
彼は同じ1988年にリリースされた久保田利伸の傑作アルバム「Such A Funky Thang!」を久保田本人と共同でプロデュースし、全曲でキーボードとドラムの打ち込みをやっているサウンド面でのキーパーソンでした。
彼はキャメオやレイクサイドといった人気ファンク・グループのアルバムにプレイヤーとして参加していた実績のあった人で、どういう経緯で日本に来たのかは不明ですが、その後、シング・ライク・トーキングのプロデュースも手がけていますので、J-R&Bの礎を作った重要人物の一人であるのは間違いないでしょう。
「Witches」の方のアレンジは鳥山雄司。日本屈指のスーパー・ギタリストの一人で、昨今はシティポップ・ブームで彼のカッティングが注目されています。アレンジャーとしても松田聖子、シャ乱Q、吉田拓郎、葉加瀬太郎から最近では上白石萌音なども手がけていますが、僕は1980年代半ばから90年代前半にかけての日本の”打ち込みR&Bサウンド”のパイオニアの一人としても注目しています。
同じ1988年に彼がアレンジした曲で、僕がものすごく好きなものがありますのでぜひ聴いてみてください。
MINNIE 「LIKE A RAINBOW」。シティポップ・ブームでちゃんと再評価されるべき名曲だと僕は思います。
そして、「Witches」に続いて、作詞:康珍化、作曲:Cindy、編曲:鳥山雄司で作られたのがこの「ROSÉCOLOR」で、当時テレビで一聴するや否やCDシングルを買いに走りました。
中山美穂の人気の絶頂期でしたし、化粧品のCMソングだったとはいえ、こんなに洗練されたメロウな楽曲がオリコン1位になるとは、と僕も正直驚きました。
さて、この曲を作曲したCindyは本名を山本真祐美といって、シンガーとして1984年にシングル「Chance On Love」でデビュー。TVアニメ「うる星やつら」の主題歌でした。スティーヴィー・ワンダーに師事したというプロフィールが、当時の”売り文句”だったようです。
デビューと同時にコーラスの仕事も始め、佐藤博、鳥山雄司、松任谷由実(「Da・Di・Da」)、アン・ルイス、秋元薫、崎谷健次郎、安藤まさひろ、櫻井哲夫といったアーティストの作品に参加しています。
また、1986年から1989年まで山下達郎のコンサートツアーやレコーディングでもコーラスをつとめ、「On The Street Corner2」やライヴ・アルバム「JOY」のクレジットに彼女の名前を見つけることができます。
1986年には初のソロ・アルバム「Love Life」をリリース。スティーヴィー・ワンダーがアレンジ、プロデュースで2曲参加し、そのうち1曲は曲も書いていました。
そして、少しブランクが空いて1990年にセカンド・アルバム『ANGEL TOUCH』、1991年にサード『Don't Be Afraid』をリリース、この2枚が昨今再評価されています。
「ANGEL TOUCH」は鳥山、ROD ANTOONに加え、”東北新幹線”の鳴海寛がアレンジャーをつとめ、山下達郎もコーラスとギターで参加しています。
特に鳴海がアレンジした「私達を信じていて」はシティ・ポップ・ブームで特に海外から大人気の曲になっていて、YouTubeでは500万回近く再生されていたり、アニメの映像と合わせたFuture Funk的な動画もたくさん見受けられます。
その反響もあって、日本でもシティポップ・コンピレーションの定番になりつつあります。
彼女の作曲やボーカルのセンスは、尾崎亜美から連なる、そして具島直子に繋がるようなピュアなメロウネスをすごく感じます。
そして、当時の最新のR&Bサウンドに取り組んだパイオニアとしても貴重な存在でした。彼女は残念なことに2001年に癌で亡くなってしまったとのことですが、もっともっと再評価されるべき人だと僕は思っています。
サード・アルバム『Don't Be Afraid』には、鳥山、鳴海に加え、当時人気だったアーバンR&Bの歌姫ミキ・ハワードの作品で知られるLemel HumesやJim Calabreseがアレンジをつとめています。僕は当時、アニタ・ベイカー、レジーナ・ベル、ミキ・ハワードなど好んで聴いていたのですが『Don't Be Afraid』は知りませんでした。
知らなかったことが悔やまれるほどの出来の作品で、その中には「ROSÉCOLOR」のセルフ・カバー(アレンジは鳴海)も入っていますので、最後にそれをぜひ聴いてください。
