おはようございます。今日は濱田金吾の「街のドルフィン」です。
濱田金吾はフォーク・バンド「クラフト」のベーシストとして1973年にメジャー・デビューを果たし、さだまさしが作った「僕にまかせてください」(1975年)が大ヒットしています。
実はクラフトはザ・バンドやアメリカのウェストコースト・ロックが好きで、そういう音楽をやっていたそうですが、当時ヒットを出すために、レーベルの意向でさだまさしの曲を歌うことになったようです。そして実際に50万枚の大ヒットになったので、ほとんどの人がクラフトをこの曲のイメージでとらえるようになってしまいました。ちなみにバンドのギターでメイン・ソングライターだった三井誠は、のちに稲垣潤一の「クリスマス・キャロルの頃には」を作曲しています。
1978年にクラフトが解散すると、濱田は翌79年に彼は山下達郎らとAir Recordsの立ち上げに参加し、1980年にニューヨーク録音したアルバム『Manhattan in the Rain』でソロ・デビューします。
デビュー・シングル「May Sick」。五月病ですね。作詞は松本隆。アレンジはバリー・マニロウの「Tryin' to Get the Feeling」などの弦アレンジを手がけたジェラルド・アルターズ。
そのころ、僕が鮮明におぼえているのが音楽雑誌の広告に載っていた彼のキャッチコピーです。
”ハマダといえばキンゴです”
本人はのちに”最初から負けを認めているようなもんですね”と語っていましたが、この当時、浜田省吾が売れ始めていました。
何となく気になって調べてみると、この二人のハマダさんは同い年でしかも誕生日が半月ほどしか違わないんです。
そういえば、関係ない話なんですけど、この数年後にアメリカのR&Bシンガー、ピーボ・ブライソンの宣伝コピーで、80年代にあった飲料メーカー”VIVO(ビーボ。懐かしいですね)”の「ビーボより美味いのはビーボだけ」というキャッチコピーを真似た、「ピーボよりうまいのはピーボだけ」というのがありました。
(「ハマダといえばキンゴです」と「ピーボよりうまいのはピーボだけ」は、僕を果てしなく”脱力させた”二大キャッチコピー”として、ずっと記憶に残っています。)
そんなキャッチコピーとは関係なく、彼は1980年代を通して真剣にAORに取り組んだ上質な作品を作っていました。
昨日このブログに登場し、濱田のサードアルバムにアレンジャーとして参加している松下誠はこう語っています。
「金吾のような曲作りができる人っていなくて、スタイリッシュな世界観をちゃんと持っていたんですよ。その世界観を崩さないようにしつつ、同じ方向に発展させようとしたって感じかな」 (ギターマガジン 2020年1月)
1981年には“JAPACON”【Japanese Contemporary Sounds】と銘打って、日本の新しいポップスの担い手を売り出す試みがあり、濱田はその中の一人として、佐野元春・杉真理・網倉一也と共同プロモートを開始し、新宿ルイードで4人が4夜連続LIVEを行なっています。
さて、この「街のドルフィン」は彼の四枚目のアルバム「Midnight Cruisin'」(1982)に収録されていたもので、今のシティポップ・ブームで彼のレパートリーの中では海外からダントツの人気を誇っています。当時は、シングルにもなっていない曲だったのですが、リアルタイムの日本でそれほど人気でなかった曲に注目が集まっているのが今回のシティポップ・ブームの面白いところでもあります。
そして、「街のドルフィン」の人気の火付け役として注目したいのがアメリカ・ウィスコンシン州のトラックメイカーEngelwoodがこの曲をサンプリングした「Crystal Dolphin」という曲です。
この動画を作ったのはインドネシアのArdhira Putraという人らしく、鈴木英人っぽい感じとヴェイパー・ウェイヴっぽさが混じった、海外から見たシティポップ感がよく現れた映像になっています。
YouTubeでは165万回再生ですが、中国のビリビリ動画では359万、中国のTikTokでは500万回を超えているそうです。
中国でもシティポップに火がつき始めているんですね。
また、3年前に映画「夜明け告げるルーのうた」と「Crystal Dolphin」をシンクロさせた動画がYouTubeにアップされていて、見たらなんと4600万回再生を記録していて、シティポップ・ブームはもはや、僕にはちょっとわけがわからない感じになっています(苦笑。しかも、Spotifyでは浜田省吾より濱田金吾の方がリスナー数が全然多いんです。そんな時代が来るなんて僕は夢にも思わなかったです、、、。
40年経って、ハマダといえばキンゴです、という時代が来たということなのでしょうか(少なくとも海外ではそうかもしれません)。このブームの追い風を感じたのでしょうか、彼は2010年代後半からまたライヴ活動を再開しています。
最後は、今のシティポップ・ブームの流れとはちょっと違うタイプですが、当時、高校生だった僕が”大人の歌だなあ〜”と思った彼の曲をご紹介させてください。
1981年のサードアルバム「Gentle Teavelin'」に収録されていた「裏窓」です。
<PR>

<PR>