以下の内容はhttps://popups.hatenablog.com/entry/2020/09/11/070048より取得しました。


「イエスタデイ(Yesterday)」ビートルズ(The Beatles)(1965)

 おはようございます。今日はビートルズの「イエスタデイ」です。


Yesterday (Remastered 2009)

Yesterday
All my troubles seemed so far away
Now it looks as though they're here to stay
Oh, I believe in yesterday

Suddenly
I'm not half the man I used to be
There's a shadow hanging over me
Oh, yesterday came suddenly

Why she had to go
I don't know, she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday

Yesterday
Love was such an easy game to play
Now I need a place to hide away
Oh, I believe in yesterday

Why she had to go
I don't know, she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday

Yesterday
Love was such an easy game to play
Now I need a place to hide away
Oh, I believe in yesterday

************************************************

昨日は 悩みなんてずいぶん遠いことに思えたのに
今はすっかりここに居座っている
ああ、僕は昨日のほうを信じたい

突然僕は今までとは全然違う男になってしまった
影がすっかり僕を覆っている
ああ、昨日突然に

どうして彼女は行かなくちゃいけなかったんだろう?
わからない、彼女は言おうともしなかった
僕が間違ったことを言ってしまったのか
今はただ昨日が恋しい

昨日は 愛はとても容易いゲームだったけど
今ではどこかに隠れてしまいたい気分さ
ああ、僕は昨日のほうがよかった

どうして彼女は行かなくちゃいけなかったんだろう?
わからない、彼女は言おうともしなかった
僕が間違ったことを言ってしまったのか
今はただ昨日が恋しい         (拙訳)

<PR>

「イエスタデイ」のヤマハぷりんと楽譜はこちら

**************************

 このメロディーが浮かんだのはポール・マッカートニーが当時ガールフレンドだった女優のジェーン・アッシャーの自宅の屋根裏部屋に住んでいた時のことでした。

「ある朝、ウィンポール・ストリートの屋根裏部屋のベッドで、あるメロディーを思い浮かべたまま目を覚ましたポールは、それを頭から消し去ることができなかった。彼はベッドのわきのピアノに向かい、そのメロディーを最後まで演奏した。それは夢ならではの輝かしさと新鮮さを讃え、ほぼ完成した状態で彼のもとに降りてきた」 

「他人の書いたメロディーが、無意識化に忍び込んできたのではないかと危惧した彼は、何週間か、例えばシンガーのアルマ・コーガンのような友人の前で演奏し、聞き覚えがあるかどうかを確認した」 (ハンター・デイヴィス「ザ・ビートルズ・リリックス 名作誕生」)

 このブログでは数々の名曲、大ヒット曲はあっという間に出来たものが多いことを示してきましたが、「イエスタデイ」はそれ以上、まさに夢の中で作られたもので、ポール自身が盗作じゃないかと心配するほどのものだったわけです。

 もちろんこのエピソードは、音楽の神様がポールの夢に現れて”お前に名曲を授けよう”と言った、などという”幸運なおとぎ話”的なものではなく、夢の中でもメロディーを組み立ててしまうほど、彼の脳みそは常にフル回転で”作曲モード”になっていたという証なのでしょう。

 そうやってメロディーはできたものの歌詞はなかなか決まらなかったようです。

 長い間”Scrambled Eggs”というタイトルで仮歌詞がつけられていたことは、ビートルズ・ファンには有名な話です。

 ”Scrambled eggs Oh my baby how I love your legs  Not as much as I love scrambled eggs  Oh we should eat some scrambled eggs”

スクランブル・エッグ、ああベイビー、君の脚が大好きだ でもスクランブル・エッグほどじゃないな さあスクランブル・エッグを食べなきゃ)

 アメリカのコメディアンで司会者のジミー・ファロンのTV番組にポールが出演したときにふたりでこの歌詞のヴァージョンで歌い、のちにジミーは自分のアルバムに収録したそうです。ちなみに2番以降はあらためて書き足したもののようです。


Paul McCartney from the Beatles singing with jimmy Fallon

 ”スクランブル・エッグ”という仮歌詞にしたのは、ポールらしい遊び心もあるでしょうが、このメロディーが浮かんが時から圧倒的な普遍性があることをポール自身も認識していたからこそ、本当にしっくりする歌詞が見つかるまで、わざと遠いものにしておくという考えもあったのではないかと僕は推測します。

 映画「ヘルプ!4人はアイドル」の撮影中も、ポールはこの曲をずっと弾き続けていたそうで監督のリチャード・レスターはうんざりして、”完成させるか、諦めるかどっちかにしてくれ”と言ったそうです。

 「スクランブル・エッグ」なんてタイトルをつけながら、やはり実際はポールにとって非常に大切な曲で、最適な歌詞を探し続けていたわけです。

 歌詞が思いついたのは映画の撮影が終了後、ポールがガールフレンドのジェーンと、友人のザ・シャドーズのブルース・ウェルチが所有するポルトガルの別荘で休暇を過ごしていた時でした。空港から別荘までの長いドライヴの間に、アイディアが浮かび一気に歌詞が出来上がったのです。

 それから、この「イエスタデイ」について僕が興味をひかれた考察は、小西康陽氏によるオリジナル・ヴァージョンの1番の歌い出しについての指摘です。

「『イエスタデイ』の歌い出しのフレーズは、三音節が同じ音で歌われている。歌う、というより、呟くように単語をただ吐き出している。

 ところが、凡そこの曲をカヴァーしているレコードはどれも、レ・ド・ド、というメロディで歌われているのだ。これはなぜなのか。

 もちろん、ザ・ビートルズによるオリジナル・ヴァージョンに於いても、2番の「サドゥンリイ」以降ではこのレ・ド・ド、という音の運びで歌われていて、Bメロから戻ったときの、Bメロから戻ったときの「イエスタデイ」という言葉も同様である」

小西康陽「わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019」)

 レ・ド・ド、というのはわかりやすくハ長調に置き換えた例えですが、確かに歌い出しだけはド・ド・ドともとれる歌い方をしています。

 試しに、ポールのライヴ音源をチェックしましたが、レ・ド・ドと歌っているのもあれば、曖昧なものもあります(共通しているのは、つねに”さりげなく”入るということです)。

 「アンソロジー2」には「イエスタデイ」のデモ・ヴァージョンが収録されています。


Yesterday (Anthology 2 Version)

 はじめにポールは他のメンバーに、Fで始まって〜と、曲のコードを教えています。

 僕はGだけど、って言っているのは、ポールのギターは低いキーでチューニングされていて、GをおさえるとFコードがなるようになっているからです。

 そして、そこで軽く口ずさむときはしっかり”レ・ド・ド”(キーが違うので正しくはこの音じゃないですが)のパターンでしっかり歌っているのに、本編では”ド・ド・ドに近い曖昧な歌い方になっています。これは、意図的だと考えていいように思えます。

 「『レドド』のレは倚音(いおん)と言って、不安定な非和声音から始めるメロディです」  (「ポール・マッカートニー作曲術」野口義修)

 歌の最初の音はコードの構成音じゃないんですね。だから曲中ならともかく、どアタマからやってしまうと少し作為的になってしまうのかもしれません。しかも。イントロがあっさりしていますから、ドドド寄りのほうが入りとしては自然なのかもしれないですね。

 この曲を今まで死ぬほど繰り返し弾いてきたポールは、最初から「レドド」としっかり歌うことで生まれる”作為感”みたいなものを感じていて、それを回避したかったのじゃないか、ジョージ・マーティンや他のメンバーもそれにOKしたんじゃないかと思います(ポールが作ったんだから、歌い方もポールにおまかせ、みたいな感じもありそうですが)?僕はそんな想像をしました。ポップス史を代表する天才たちの考えていたことを想像するなんていうのは、おこがましいにもほどがありますが、、、。 

 この曲の歌詞も、曖昧な表現をしていて、いろんな解釈ができるようになっています。それまではちょっと調子に乗って生きていたのが、ある日突然大切なものをなくしてしまう、そんな経験のある人ならみんな感情移入できるはずです。後年作ったポール自身は、当時はわからなかったけど、実は自分の母のことを歌っていたんじゃないかと思うようになったと語っていますし。

 この希代の大名曲は、歌詞もメロディも、曖昧なところが大事なんですね。アレンジも情感に寄り過ぎないようにしています。なのに、数多のカバー・ヴァージョンはどれもが”曖昧さ”を消す方向、情感を込めてくっきりさせようとするアプローチをしているように思います。

  カバー曲数が2200とも3000とも言われ、ギネス世界記録にも認定されているこの「イエスタデイ」が、コアなファンからは多くを語られることも少なく、”一般的に世界中の誰でも知っている曲”といったあまり熱量を感じないポジションに収まってしまったのは(僕はそう感じるのですが)、オリジナル・ヴァージョンのせいじゃなくたくさんのカバー・ヴァージョンが原因なんじゃないか、という気が僕にはします。

 そして、それを象徴しているのが、どのカバーもはっきりとどアタマから「レドド」で歌ってしまっているという事実なのかもしれません。

 巷に流れる「イエスタデイ」のいろんなヴァージョンを聴いてきたことで”バイアス”のかかった耳で、オリジナルも聴いていなかったか?とそこで僕は自問したくなりました。

 そして、あらためて聴いてみたオリジナルの「イエスタデイ」は、古びることはなく、時間の経過で摩耗されることもなく、あたかも時空と関係のないエリアで超然としているかのように思えました。

 

 

  • 作者:小西 康陽
  • 発売日: 2019/04/19
  • メディア: 単行本
 

popups.hatenablog.com

popups.hatenablog.com

<広告>

「イエスタデイ」のヤマハぷりんと楽譜はこちら

 




以上の内容はhttps://popups.hatenablog.com/entry/2020/09/11/070048より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14