以下の内容はhttps://popups.hatenablog.com/entry/2020/03/15/070051より取得しました。


「クレア(Clair)」ギルバート・オサリバン(Gilbert O'Sullivan)(1972)

 おはようございます。今日はギルバート・オサリバンの「クレア」。「アローン・アゲイン」よりこっちが好き、という人も少なくないような気がします。

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Clair, the moment I met you, I swear
I felt as if something, somewhere
Had happened to me, which I couldn't see
And then, the moment I met you, again
I knew in my heart that we were friends
It had to be so, it couldn't be, No

But try as hard as I might do, I don't know why
You get to me in a way I can't describe
Words mean so little when you look up and smile
I don't care what people say
To me you're more than a child

Oh, Clair Clair

Clair, if ever a moment so rare
Was captured for all to compare
That moment is you in all that you do
But why in spite of our age difference do I cry
Each time I leave you I feel I could die
Nothing means more to me than hearing you say
"I'm going to marry you
Will you marry me, Uncle Ray"

Oh, Clair Clair

Clair, I've told you before "Don't you dare"
"Get back into bed"
"Can't you see that it's late"
"No you can't have a drink"
"Oh, alright then, but wait just a minute"

While I, in an effort to babysit, catch up my breath
What there is left of it
You can be murder at this hour of the day
But in the morning this hour will seem a lifetime away
Oh Clair
Clair
Oh Clair

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クレア、君に会った瞬間、本当にさ
目に見えない何かが起こったみたいだったんだ
それで、また、君に会った瞬間に
僕たちは友達なんだと心の中でわかった
そうじゃなくっちゃ、そうじゃない はずはないよ

でも、一生懸命考えても、なぜだかわからない
君はなんとも言えない様子で 僕のほうにやってくるんだ
君が顔を上げて微笑む時、言葉なんて意味がなくなってしまう
人がなんと言おうと気にしない
僕にとって君は子供以上の存在さ

ああクレア、クレア

クレア、もしも他に比べるもののないほど
すごくレアな瞬間があるとしたら
それは君のすることすべて その瞬間さ

だけど、年が離れているのに、どうして僕は泣いてしまうのかな
君と別れるたびに、死にそうな気分になるんだ
君のこの言葉を聞くことより意味のあることなんてない
"あなたと結婚するわ 結婚してくれる? レイおじさん"

ああ、クレア クレア

クレア 前に言ったよね 「ダメだよ」
「ベッドに戻って」
「もう遅いってわからないの」
「もう飲み物はダメ」
「ああ、ならいいよ、でもちょっと待って」

クレア 前に言ったよね 「ダメだよ」
「ベッドに戻って」
「もう遅いってわからないの」
「もう飲み物はダメ」
「ああ、ならいいよ、でもちょっと待って」

 子守をしながら、僕がなんとか一息つく間に
まだやり残したことがある
この時間帯にの君はホントに大変
だけど、朝になれば、この時間が随分遠くに思えるのさ
ああクレア クレア  (拙訳)

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 ギルバート・オサリバンは本名は”レイモンド・エドワード・オサリバン”といって、デビューする際に、その時のマネージャーからのアイディアで改名しています。 

 19世紀、ヴォクトリア朝時代のイギリスにギルバートとオサリバンという、オペレッタを作る劇作家と作曲家のコンビがいて、それをもじったものでした。 (しかし、当面彼は単に”ギルバート”という芸名で活動をしていました)

  彼のデビュー曲は「Disappear」で、レーベルは大手のCBSでしたが、ちゃんとアレンジする予算もなく、彼にとっては不本意なものだったようです。

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 CBSからもう1枚、そしてインディーズからもう一枚シングルを出しましたが、やはり全く売れませんでした。状況の打開を求めていた彼はデモテープをある大物マネージャーに送ります。

 それが、トム・ジョーンズとエンゲルベルト・フンパーディンクを手がけて、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったゴードン・ミルズでした。

 1970年代の日本でたとえるなら、森進一と五木ひろしを同時に手がけているマネージャーです(本当にすごいことなんですけど、若い人にはピンと来ないですかね、、、)

 彼に興味を持ったゴードンは契約し、自分が立ち上げたレコード会社”MAMレコード”からレコードを出すことを決めます。

 ちなみに、MAMレコードの第一弾リリースはデイヴ・エドモンズの「I Hear You Knocking」。全英1位、全米4位の大ヒットになり、ゴードンさん、まさに絶好調だったんですね。

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 そして、ギルバートがデビューすると「Nothing Rhymed」がいきなり全英8位のヒットになります。


Gilbert O'Sullivan - Nothing Rhymed

 僕が興味深いのは、トム・ジョーンズ、エンゲルベルト・フンパーディンクという”肉食系男子”で巨万の富を築き上げた彼が、ギルバートという真逆の”草食男子”を手がけたということです。

 そして、トム・ジョーンズ(18世紀の小説の主人公の名前)、エンゲルベルト・フンパーディンク(19世紀のオペラ作曲家)という”古典的な”芸名を考えた彼が、自身が考えたものじゃないにしろ、ギルバート・オサリバン(19世紀のオペレッタの作家)という”古典的な”芸名の名前のアーティストでまた大成功をおさめたということ、これも面白いですね。

 しかも、それまで”ギルバート”で活動していた彼を、わざわざ”ギルバート・オサリバン”に戻したのは、ゴードン・ミルズなりの”ゲン担ぎ”であったと僕は推測します。

 もっと想像を逞しくするならば、ギルバートからデモテープを受け取ったとき、ゴードンの気持ちを掴んだのは、ギルバートの曲ももちろんですが、その古典的な芸名に引っかかるものがあったからじゃないか、とまで僕は考えてしまいます。

 さて、どうして、僕がゴードン・ミルズのことをここまで書いているかというと、この「クレア」という曲のモデルが、彼の娘の”クレア・ミルズ”さんだからです。

 挫折していたギルバートが望みを託してゴードンにデモを送ったことから始まり、彼の手によって一気に大ヒット・アーティストになることができたわけで、ギルバートにとって大恩人なんですね。当時彼はゴードン夫妻の家に行き、実際にクレアのベビーシッターも時折やっていたそうです。

 (ちなみにこの曲に出てくる”レイ叔父さん”は彼の本名”レイモンド”からくるもので実際にクレアからそう呼ばれていたのでしょう)

 当時、彼はこの曲をクレアのためというより、ゴードン夫妻への感謝の気持ちとして書いたのだと語っています。

 昔、この曲の訳詞を読んだ時には微塵も感じなかったのですが、今回自分で訳しながら、ベビーシッターをやっている若い青年がその3歳の女の子に向けて思いを語るという内容は、今の時代だとちょっと”やばい”感じがするかもなあ、と思いました。

 

 実際にネットを見てみると、この曲を小児性愛とか変質者とかの視点で非難する声がずいぶんあがっていたようです。そして昔からこの曲を好きな人が決してそうじゃないと擁護する書き込みもずいぶんあります。

 でも、これは歌そのものに問題があるわけじゃなく、人間を取り巻く世の中の変化が聴く側の感覚に大きく影響を与えているのだと思います。

 僕自身はそんな風に解釈しちゃったらおしまいだろ、と少し憤慨しながらも、今の時代を生きている肌感覚としてそういうこともあるだろう、という理解もどこかで感じていました。

 さまざまなハラスメントの事象で見られるように、行為者にその意図はなくとも、当事者の気持ちを何らか害してしまうものであれば、大衆がネットなどで”アウト”と判断を下す、それが今の時代のスタンダードなわけですから。

 ただ、ギルバートがこの「クレア」という曲に何らかの”よくない感情”を含ませてはないことを、ちゃんと汲み取れるような感受性はいつまでもキープしていたいとは思います。

 作者の”悪意”や”邪な気持ち”が込められた曲が何十年以上も愛され続けることはありえないですし、そういう曲がスタンダードになるようなことがあるとしたら、それは人間の感性自体を否定することになってしまうと思うからです。

 

 しかし、時代とともに、曲の受け取られ方は大きく変わる、これはもうポップソングの宿命だというのは間違いないのでしょう。

 それに加えて「クレア」の穿った評価を生む間接的な原因になったかもしれないことがあります。1970年代半ばにギルバートが、ゴードンと彼の会社を相手に訴訟を起こしたのです。主旨は彼が受け取るべき、彼の楽曲が生んだ利益が、正しく配分されていないということでした。

 もともと、ギルバートは無名でゴードンはすでに大物マネージャーでしたから、かなりゴードンに有利な契約を結んでいたことは想像できます。

 また、彼の作品は必ずゴードン自身がプロデューサーをやっていて、他のプロデューサーともやってみたかった彼の希望がいつも却下されていたことも、不和の伏線になっていたようです。

 この訴訟は何年もかかったようで、1982年にようやく結審、ギルバートが勝訴します。

 しかし、この勝訴の代償はかなり高くつきました。その間、彼のアーティスト活動が長く中断していたわけで、結果として彼のアーティストとしての勢いは完全になくなってしまいました。

 加えて”「クレア」の父親に対して裁判を起こして大金を勝ち取った男”というメディアの取り上げられ方も当然あったのじゃないかと想像します。

 ただ、裁判をせずに泣き寝入りしてゴードンのもとでやっていたらもう少しアーティストとしてのピークが長くなっただろうか?などと考えることもまた意味のないことでしょう。

アローン・アゲイン」「クレア」「ゲット・ダウン」といった彼の代表曲は、まぎれもない最高級の”エバーグリーン”ポップスだということ、それで十分じゃないかと僕は思います。

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