おはようございます。
今日は槇原敬之の「どんなときも。」です。『就職戦線異状なし』という映画の主題歌でしたが、今や大スタンダードですね。
この曲がリリースされた1991年は「ラブストーリーは突然に」(小田和正)「SAY YES」(チャゲ&飛鳥)「愛は勝つ」(KAN)など、破格の大ヒットが連発して、今から考えるとちょっと異常な年(?)だったとも言えます。
そんな中でもこの「どんなときも。」は、1990年代の日本のポップスのスタイルを定義したとても重要な曲だったのじゃなかったのかな、と思います。
そのスタイルを端的に言うと、
「曲名と同じ言葉を、サビで印象強く歌う」
ということです。
もちろん、これはヒット曲の典型的なスタイルですから、それまでもたくさんあったわけですが、これほど鮮やかに演出できた曲はめずらしいと思います。
1980年代にTUBEで同様のスタイルの曲を作っていたビーイングも、1991年あたりから活動を拡大させ始め、93年のZARD(「負けないで」「揺れる想い」)を代表として、ほとんどのアーティストでそのスタイルを徹底的に踏襲した大ヒットを生みだしていきます。
そういうこともあって、1990年代の日本のポップスを思い出すと、サビで曲名をしっかり歌うパターンが多いなあ、というのが僕の印象で、それを遡っていくとこの曲に突き当たるというわけです。
ただ、このスタイルはとてもわかりやすいですが、反面ベタで単調な歌になってしまう危険性も大きいです。ぶっちゃけ、カッコ悪くなりやすいんですね。
「どんなときも」は、映画の主題歌でしたが、競合コンペで勝ち取ったものだと言います。タイアップであり、人生の応援歌というテーマだったそうで、それまでのソングライティングと毛色の違うものでした。そして、どんなときも〜というフレーズを思いついたとき、槇原本人はダサいと思ったそうです。しかし、打ち消そうとしても、ずっと頭から離れなかったので、そのフレーズに賭けてみようと思ったわけです。 (参考資料:「槇原敬之の本。」松野ひと実 著)
それ以前に発売された、彼のファーストアルバムを聴き直すと、スローやミディアムの曲がほとんどで、この曲のような軽快なポップソングは入っていません。
そのかわり、「Answer」や「NG」といったアマチュア時代からのレパートリーにすでに、彼らしい世界観、日常生活の何気ないディテールの描写とメロディーラインによって情感が浮かび上がらせる技法が出来上がっていたことに気づきます。
「Answer」
彼がもともと曲全体を緻密に書き上げる力量があったからこそ、サビ先行の「どんなときも。」という曲を書いても、単調なベタな曲にならなかったのじゃないでしょうか。
さて、彼のプロフィールを見て僕が興味を持ったのは、十代の頃に彼に大きな影響を与えたアーティストがYMOとカレン・カーペンター(カーペンターズ)だということです。 普通の感覚で言ったら真逆の音楽ですよね。
でも、YMOとカーペンターズ、彼の曲を聴くと妙に納得できてしまいます。
「音楽的探究心を刺激してくれたのがYMOだとしたら、歌声の力で僕の上層的な部分に息を吹き込んでくれたのがカーペンターズ」(「槇原敬之の本。」)
そこで突然思い出したのは、椎名林檎です。彼女が「歌舞伎町の女王」で出てきた時、僕は正直キワモノ(!)だと思っていたのですが、何かの雑誌で、彼女が好きなアーティストとしてニルヴァーナのカート・コバーンと来生たかおをあげていたのを見て、実はこの人スゴイ人なのかも、と思い直したことがあったのです。ニルヴァーナと来生を並列にして評価できる感性はすごい、と。
本物の才能の持ち主というのは、”世間の評価”みたいなへんなバイアスをかけることなく、自分の感性だけを100%全開にして、普通に考えたら”かけ離れている”と思えるようなものも、自分の中で自然に融合できるのかもしれませんね。
