おはようございます。
今日は山下達郎の「Rainy Walk」です(ごめんなさい!音源の動画は削除されていました)。
今はさすがにそうでもないですが、昔は”夏”を象徴するアーティストの一人でしたね。スカッと晴れた夏空と海をイメージさせるような。でも、彼の雨の歌にもすごくいい曲があるんですよね。「雨は手のひらにいっぱい」や「2000トンの雨」とか「Rainy Day」とか「スプリンクラー」とか。
今日セレクトした「RAINY WALK」は、静かな雨が降る明け方、まだ人気のない街を一人歩く、そんな情景をサウンドとして見事に表現したものです。
聴き直したのは久しぶりだったんですが、何故かすうっとリラックスした気分になりました。メロディ、サウンド、ボーカル・ワークに歌詞が自然に溶け合っています。しかも、歌詞は情景描写とイマジネーションだけで構成されています。心情や思いは一切ない。これが、すごく新鮮でした。
この歌詞を書いた吉田美奈子は、確か当時、色彩やサウンドをいかに言葉で表現するかにこだわっている、そんなことをインタビューで語っていたと思います。
「RAINY WALK」が発表された1979年はまさに、洋楽色の強い日本のポップスがどんどん生み出されお茶の間にまで浸透し始めた時代。原田真二、ゴダイゴ、サザンオールスターズ、、当時中学生だった僕は、それまで主流だった叙情的なフォークソング、歌謡曲に比べ、明らかに”カッコいい”と感じて迷わず飛びつきました。
あえて、感情をダイレクトに歌わない歌詞というのは、その当時の”洋楽的な”ポップスのソングライティングとしては、とても効果的なアプローチだったと思います。歌詞に強く主観や主義主張が反映されると、”サウンド”に没頭しづらくなりますから。
それを考えると、この時代から40年ほどたった今の音楽がどれだけ「自分語り」で満ちているか思い知らされます。「自分語り」の歌は、共感や感情移入はできても、決して気持ちを解放させてはくれないと僕は感じます。ひょっとしたら、今の時代、気持ちを解放する効果など音楽に求めてられていないのかもしれませんが。
山下達郎の代表的な雨の歌に「スプリンクラー」がありますよね。1995年のベストアルバム「トレジャーズ」のライナーで彼は、「MELODIES」以降のムーン・レコード時代を”シンガー・ソングライターとしての12年”と表現していていました。「MELODIES」の頃に、自分の音の傾向が固まってきて、歌詞に注意を向けるようになって自分で手がけるようになったからのようです。確かに「スプリンクラー」では、かなりシンガーソングライターらしいアプローチを感じます。
なにか揉め事があって、相手の女の子は手を振りほどいて地下鉄の階段を駆け降りてゆく、という状況の中で、主人公は”君のもとに跪いて許してほしいと言えば済むの?”とか、”僕は君のおもちゃじゃない”とか、君なしでは生きられないというのは悲しい言葉で、言い出したらそれで終わり、だとか思うわけです。主人公がこういう反応をしているポップ・ソングは他にないでしょう。
本人もこう語っています。
「だからあれは女性不信に満ちている、全面的にお前が悪いって」
(「ROCKING ON JAPA FILE」)
昔から「恋はフェニックス」「マッカーサー・パーク」を書いたジミー・ウェッブのような恋が成就しない、ペシミスティックな洋楽が好きだったという彼ですが、「スプリンクラー」以前にも「Paper Doll」などペシミスティックな歌詞は書いていました。
それから、1988年の彼のインタビューを読み返していたら、興味深い発言がありました。
「始めはね、日本語を乗っけるってのは無前提にどんな言葉でも無理だと思ったんですよね。アイウエオって母音が多い言葉だし、アイウエオ一つ間違えると非常に不快な乗り方になるんだよ。アクセントが違うし。字余りとかを乗っける勇気もないしね。だから始めは、内容どうのこうのというよりも、よりスムーズな韻の乗っけ方っていうのに、たとえゴロ合わせでも全神経を集中してやったんですよ。そういう人間をサウンド派と名づけたんですよね、サウンド指向と。で、そういうのに関係ない、泉谷しげるとか吉田拓郎のようなのをフォークと名づけたんですよ。優先順位の問題であって」
(「ROCKING ON JAPA FILE」)
彼は、歌詞に関しては<意味>より<音とのハマり>を優先していて、アレンジ、サウンド作りに注力するために作詞にそこまでの労力をかけられなかったので、多くを吉田美奈子に委ねることにしたのでしょう。
そして、キャリアを積んで彼らしいメロディと歌詞の合わせ方を見出したので、自身で詞曲ともに書くようになったわけですが、言葉はパーソナリティがどうしてもよく出てしまいます、結果的に理論派の彼らしく<音のハマり>を優先しながらも”意味”がしっかり含まれたオーソドックスな歌詞になった。
キャンバスに絵を描くような吉田美奈子の歌詞とは当然全然違うわけですね。
「RAINY WALK』は作詞家吉田美奈子らしさがよく出ているし、「スプリンクラー」は作詞家山下達郎らしさがよく出ているものだと僕は思います。
「Rainy Walk」はもともと彼がプロデュースしたアン・ルイスのアルバム用に書いたストック曲だったそうですが、達郎本人が気に入ったため譲ってもらったと、この曲が収められたアルバム「MOONGLOW」の自身によるライナーノーツに書かれています。
(後に彼は自身のラジオ番組で、アウトテイクになったため”原盤を買い取った”と語っています)
アン・ルイスの為にレコーディングされた演奏をそのまま使ったた「MOONGLOW」の中でこの曲だけ演奏メンバーが違うということになったんですね。そのメンバーとはリズム隊が当時YMOを結成していた細野晴臣、高橋幸宏コンビにパーカッションのPECKER、そしてギター松原正樹、エレピが佐藤博。確かに、複雑であるのに都会的な軽やかさと不思議な余韻を感じさせる素晴らしいグルーヴは細野、高橋コンビならでは、という気がします。
ちなみに彼がプロデュースしたアン・ルイスのアルバムは「ピンク・キャット」(1979)。後に彼がセルフカバーする「シャンプー」が収録されていることでも有名です。
最後にそのアルバムから1曲。当時はまだ無名、しかし80年代半ばあたりから一気にアメリカNO.1のヒットメイカーになるダイアン・ウォーレンが書いた「Just Another Night」という曲を。
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