今そこにある、さまざまな丁寧な暮らし。
- アレルギーまたはなんらかの持病のため、やむなくしている、ある程度丁寧な暮らし
- 身の回りを好きなものだけで埋めたいと願って生きてきたところ、雑然とした部屋になってしまったが、よく見ると驚異的なレベルで整理されている丁寧な暮らし
- 年齢を重ね、「あれもこれも」では生活が破綻することが判明したため、物を減らし、自分のできること、食べられるものだけを導入したところ偶然現出したシンプルで丁寧な暮らし
- 愛しの猫/犬/鳥……と暮らすため、香料など人工的なものを徹底して排除するなどしたら仕上がっていた、それなりに丁寧な暮らし
- きつい家族と別れて念願の一人暮らしを始めたところ、「まともな生活」のイメージや手法が自分にないことがわかり、本やネットで学んでいちからつくりあげた、自分ではそうかどうかわからないが、人からは「丁寧な暮らし」と呼ばれる暮らし
- 食べることが好きだ。おいしくないものは金輪際食べたくない。だから自分の家はおいしいものを食べる空間として維持管理に努めている。そんな、丁寧な暮らし。
- 仕事が忙しい。おまけに年を取ってきた。家では全力で休まねばならない。じゃないと死ぬ。それでしぶしぶしているそれなりに合理的で丁寧な暮らし。
- お掃除ロボットを導入したところ、その動きに健気さを見出してしまい、ロボットとともに末永く暮らすために床に物を放置しないようにしたらできあがっていた丁寧な暮らし
「丁寧な暮らし」とひとことで言っても、実際はさまざまであろうと思いますし、大抵はめざしてそうなるのではなく、偶然、ある部分は丁寧に、ある部分は豪快に仕上がるのだと思います。
私は野放図な暮らしをしています。かわいい紙や缶、箱を集めていて、それらを城内のあちこちに置いているため、「あれ、どこやったっけな」が日常茶飯事です。今みつからないのは、「旅先で入った喫茶店でもらってきた紙ナプキンの束」です。
私は丁寧さに憧れています。YMO 育ちなので、高橋幸宏のようにすみずみまでクリーンに保たれた空間で、シャツのボタンはきっちり全部とめている、そんな風に生きてみたかったです。残念ながら、不器用ですから。丁寧にはなりきれません。でも、ある程度までは丁寧にしないと病気になったりするので、やれるかぎりはやりますよ。
多分、「暮らしのことだけ考える」「今日一日暮らしおおせることだけに集中する」っていう風になるとまずいんだと思います。そこまで追い込まれたら大変です。COVID-19大暴れのとき(今も暴れているのですが)、そういう感じでした。あれは大変だった。ああいう状況は二度とごめんです。
ある程度は野放図に、広がりをもって、自分のやれるように生活する。そして個々に具体的な丁寧さと豪快さにたどりつく。そういうことかな。

🌻 おしまい 🎐