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伊勢物語 第七十六段

七十六

 

原文:

昔、二条の后のまだ春宮の御息所(みやすんどころ)と申しける時、氏神にまうで給ひけるに、近衛府(このゑづかさ)にさぶらひけるおきな、人人の禄たまはるついでに、御車よりたまはりて、よみて奉りける。

大塩*1大原や小塩(をしほ)の山もけふこそは

神代のこともおもひいづらめ

とて、心にもかなしと思ひけむ、しらずかし。

 

逐語訳:

昔、二条の后をまだ「春宮の御息所」とお呼びしていた時、氏神に詣でなさった折、近衛府に仕えていた翁が、人々が禄を賜るついでに、お車から頂戴して、歌を詠んで奉ったのだった。

大原や小塩(をしほ)の山もけふこそは

神代のこともおもひいづらめ

(大原や 小塩の山も今日は

神代のことも思い出していることでしょう)

と詠んで、心にも懐かしく思ったのだろうか、わからないことだ。

 

雨子訳:

昔、二条の后をまだ「春宮の御息所」と人々が申し上げていた頃のこと。后が氏神に詣でなさった折、近衛府に仕えていた翁が、お供の人々が禄を賜るついでに、自分もお車から禄を頂戴して、そのお礼の歌を奉ったのだった。

大原や小塩(をしほ)の山もけふこそは

神代のこともおもひいづらめ

(大原や 小塩の山におられる神も

后がお参りしている今日は

天孫降臨のときをも思い出していることでしょう)

と詠んで、翁自身の心でも、懐かしく思ったのだろうか。わからないことだ。

 

古今集

二条の后のまだ春宮の御息所と申しける時に、大原野にまうで給ひける日よめる

なりひらの朝臣

大原や小塩の山も今日こそは神代のことも思ひいづらめ

 男、ついに「おきな」になりました。四十歳で初老のお祝いをする時代の話なので、「おきな」と言っても「おじいさん、老人」と言うよりは「年老いた男」くらいの感じなのだと思います。それでも、男が元服したばかりの話から始まって、途中、入内直前の藤原氏の姫君との恋愛や、伊勢の斎宮との邂逅などいろいろありつつ、ついに「おきな」と呼ばれるに至ったかと思うと感慨深いです。

 二条の后は藤原高子。『伊勢物語』の主人公のひとりです。高子は藤原氏だから、その氏神をお参りに大野原に行ったんですね。藤原氏氏神といえば、奈良の春日大社平安京に遷都した際、そこから大野原に勧請したのが天児屋命(あめのこやねのみこと)です。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)降臨の際つきしたがった五神の一人だという神話があります。いずれも、外からやってきて支配階層に収まっている人たちの話なので、百済を追われた元王族とか、そういう来歴でしょうか。歴史的事実はともかく、その祖先を祀る大野原神社が小塩山のふもとにあって、二条の后が来たことを喜び、天孫降臨の昔をなつかしんでいるのではと翁は詠んだのでした。

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 元の歌が「古今和歌集」にあって、こちらは近衛官であった在原業平が、二条の后の大野原参詣に伺候して詠んだもので、公式の歌という記録です。

 「伊勢」はこの歌に「心にもかなしと思ひけむ」と添えて、「神が昔を思い出したように、翁も昔のことを懐かしく思いだしたのだろうか」としています。

 歌は「神代」と言っているし、形式的な主語は「山」ですから、「伊勢」の方は無理のある解釈です。でも、禄を車から直接賜り、歌を直接捧げたように書き、二人の間での私的なやりとりのように書いているので、その雰囲気の中で読めば……いや、やっぱりちょっと無理があるかなあ、ということで「しらずかし」の語で話を締めています。

 この「そうは言っても翁と春宮の御息所の間で昔を懐かしむ心の往還があったのでは」という想像が働く種は歌の中にあります。「大原や小塩の山も今日こそは神代のことも思ひいづらめ」には、二回「も」が出てきます。「も」は「は」と対になる係助詞で、「は」が主題を示すのに対して、「も」の方は同類のものがあることを前提として主題を提示するはたらきがあります。「紙は白い」という文と、「紙も白い」を比べてみてください。ふつう、突然最初から「も」が出てくることはなく、「花なら桜が好きです。桃も好きです」のように、類例が提示されるか、最低でも暗示されます。いきなり「K-POPも好きです」と開口一番言うと、まわりは「も?」と思います。「K-POP『も』好き」ということは、他にも好きなものがあると言いたいのかな? と。業平の歌は何のことわりもなく「小塩の山も」と言っていますから、「おや、それじゃ小塩の山以外にも昔のことを思いなつかしんでいる者があるのかな」と読めますし、「神代のことも思ひいづらめ」とも言っていますから、「神代のこと以外にも何か思うことがあるのかな」という気持ちになります。「伊勢物語」は強引なようでいて、この「小塩の山も」に応じるかたちで「(翁の)心にも」と添えています。業平の歌になんらかの含みがあるんですね、もともと。でもそれが何かは、たったの一読で判然とすることはないのでした。

📚 つづく(あと五十話くらい) 📚

*1:間違えました




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