自分以外にあるじをもたないみなさま、おはようございます!

久しぶりの日曜日到来です。お天気が急に上がったり下がったりしてどたばたしていましたが、みなさまお元気ですか? お元気じゃなかったら適正な温度・湿度下でゆっくりしてくださいね。お元気でも、そうしてくだされば幸いに存じます。
さて、みなさま、東京は竹橋をご存じですか? 毎日新聞社のあるところです。

竹橋の駅から地上に上がる度に、ふおおおと見上げています。おもしろくてきれいな建物です。
ある日、ざべすたちはこの地にある東京国立近代美術館に行きました。「ヒルマ・アフ・クリント展」を見るためです。


ヒルマ・アフ・クリントさんは 19 世紀末のストックホルムで生まれた、生涯、精神世界を探索し続けた画家さんです。アカデミーで絵を勉強していたときの習作が遺っているのですが、その時点ですっごく上手でした。線も色もきれいで、職業画家として、デザイナーとしてそのまま大きな業績を残しそうな実力でした。そんなヒルマ・アフ・クリントさんが精神世界の探求を始めたときは、「絵が難しくなっちゃう」とざべすは将来を危惧してしまいました。

でもそんな心配は無用でした。
ヒルマ・アフ・クリントさんはぐんぐん才能と実力をはっきして、どんどん、びっくりするような、うつくしいものを生み出していったのです。
とくに、1907 年末に描かれた「10 の最大物、グループⅣ」という連作はおおきくて、きらきらしていて、ざべすはその絵のまわりをぐるぐるぐるぐるまわってしまいました。



この絵のまわりにはベンチがぐるりと配置してあって、そこで座ってゆっくりお気に入りの一枚を見ることもできるし、ざべすのようにぐるぐる歩きまわりながら絵の一生を繰り返し見ることもできます。
ざべすはこの展示がうんと楽しかったです。
ヒルマ・アフ・クリントさんはこうした大きな仕事(「寝殿のための絵画」)を終えて、1916 年頃からは四角い絵を描くようになります。それは、原子やエーテルを表しているそうです。


原子などの、ミクロなものに大きな宇宙がすべておりたたまれているという考えだそうです。

会場にはヒルマ・アフ・クリントさんが影響を受けたものや、


勉強したノートなども展示されていました。

すっごくおもしろかったです。6 月 15 日まで。
このあと、東京国立近代美術館の所蔵品展も見ました。その中に「フェミニズムと映像表現」展もあって、これだけでひとつの展覧会になるくらいのものがぎゅうぎゅうに展開していて、目を閉じてもまぶたの裏に映像が浮かぶようになりましたが、この方に会えたときは「おひさしぶり!」と元気いっぱい挨拶できました。

ばいばい、また来るからね。

ふう。
おひるごんの時間です。
竹橋名物のパレスサイドビルに再開発の計画が持ち上がっているそうです。それじゃ、いつどうなるかわからないので、そこで食事することにしました。今までは見上げていただけのビルに、初めて入りました。お昼時なので、大勢の人がたくさんの飲食店の間をすいすいと歩き、お目当てのお店に入っていきました。

ざべすたちはカレーにしました。


雨夫は名物のカツカレーです。

ざべすたちはビーフカレー、雨子はポークカレーです。

ざべすたちはみんな、真剣に、もっしゅもっしゅといただき、ぺろりと平らげました。

食べたあとは、腹ごなしにビル中を歩き回り、たくさんの働いている人を見ました。すっごくすみずみまできれいにしていて、きれいな建物だと思いました。再開発の計画、どうなっていくのでしょう。

おわり。
さて、今日は何をしようかな。
雨子は仕事で、雨夫は美術館です。ざべすはアイスを買いに行こうかな。
みなさんはどうなさるの?

また来週、お目にかかりますね。
🎨 ちぇりおですわ 🎨