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ざべすは魔女が大好き

 すんだ瞳に青い小鳥をすまわせるみなさん、おはようございます!

くまのぬいぐるみの写真。バラの花の間から顔を出している。

ざべすよ!

 ごぶさたしております。日曜日ですね。この一週間、みなさんはどんな風でしたか? ざべすはとってもすてきな映画を見て、胸がいっぱいになっていました。

 あれは、よく晴れていた日のことでした。

遅咲きのカンヒサクラの写真

下向きに咲く桜がまぶしいほどで

木瓜の花の写真

木瓜の花は赤く輝き

サンシュユの花が咲いているところを撮った写真

茱萸はきらきらと光り

コブシのつぼみを撮った写真

辛夷のつぼみが膨らんでいました

 お花を見ながらお散歩をしていたときのことです。雨子が「ざべす、魔女、好き?」と尋ねました。ざべすは「もちろん、大好き! できれば魔女になりたいくらい」と答えました。雨子は「じゃあ、明日は『ふたりの魔女』という映画を見に行きましょう」と言いました。ざべすはうれしくて、その夜、わくわくと眠りました。

 翌日、目が覚めると雨子は「今日、映画は無理かも」と窓の外を見て言いました。雨でした。さらに見ているうちにそれは霙になり、最終的に雪になりました。雨子は天候が不順になると頭が痛くなり、ご機嫌が悪くなってしまうので、ざべすは励ましました。「今日見るつもりだった映画は、今日見ないといけないわ! それに嵐の日に魔女の映画なんて、ぴったりじゃないの!」と。雨子はしぶしぶ同意し、ざべすに合羽を着せ、長靴を用意し、自分は傘をもって、嵐の中飛び出したのです。

 そして、映画館に着き、席に身を埋めるやいなや、「これは寝てしまうかもしれない」と泣き言を言い出しました。天気のせいでふらふらするうえに、椅子が良すぎると言うのです。「この、眠れと言わんばかりに心地よい椅子の上で、眠らずにいられる自信がない」と。ざべすは、「雨子が寝そうになったら、痛い目に遭わせてあげるから大丈夫よ」と励ましました。思い切りかみついたり、パンチをしたりして、驚かせるつもりでした。雨子は「頼んだ……」と言いながら、予告や CM の間、顔にタオルハンカチをかけて寝ていました。ざべすははらはらしました。

 映画は雨子の都合にかまうことなく、予定通りに始まりました。

 善い魔女が悪い魔女は死んだと宣言するところから。

 これは『オズの魔法使い』の前日譚なのですね。善い魔女は、私がほんとうの話をすると宣言しました。ざべすは、この人の話を信用できるかどうかわからないなと思い、また、即座にそのように思ってしまったことを残念なことだと思いました。それで、とりあえず、この人の話をいっしょけんめい聞こう、まずはただ聞こうと覚悟を決めるその数歩前に、善い魔女のことを好きになっていました。

 真実、真実、真実、いろんな口から飛び出す「真実」。どれも結局は勝者の物語だと言われてしまうと、ひとまずは、「そうだろうな」と諦めざるを得ません。それに、「私の話に解釈の余地はありませんよ」「これが『真実』です」と語りかけてくる、強い人の話をざべすはお行儀良く黙って聞くようにはできていません。では、のちに名前が「グリンダ」になるこのピンクのすてきなドレスを着た、明るくて、楽しそうで、不器用そうな善い魔女はどうなのでしょうか。

 ざべすは、彼女が、悪い魔女と友だちだったのかと聞かれて、「イエス」と言ったその声がすてきだと思ったし、ちょっとした動作に、いつもすべてが思い通りに行くわけではない、困ったことも、しんどいこともある、重みのある人生を感じました。この人はこの世界にすっかりなじんで、この世界の価値観としっかり結びついているというわけではないようです。ぎこちない動きの中に違和感を感じてきた彼女の来し方が見えました。この人の声で不器用に語られるこの物語が最後まで無事、たどり着くことができるように、応援したいとも思いました。

 そこにもうひとり、来し方を語る人が現れます。それがエルファバです。こどものころから人々に「お前は違う」と言われてきて、傷だらけで、でも、自分の道を行こう、強くなろうとしている人です。ざべすはエルファバのこともすぐ好きになりました。エルファバが辛いと思ったこと、変だと思ったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、あんまり嬉しくて震えて泣いたこと、全部全部、最後まで無事に語り尽くせることを祈ります。

 この二人の物語が学び舎で交錯して、絡み合って、ある夜、すばらしいものが生まれます。とても美しいもの。見たことのないもの。二人だけのもの。

 このお話には、差別や暴力がどうやって生み出されるか、どこから生じるかということがいろんな風に描かれていて、その度に、抵抗がさまざまに描かれています。グリンダは「明るい話にする」という方法で抵抗するのですが、それはもう綻んでいます。彼女はこれから、どうするのでしょうか。また、「逃げる」という方法を取っていたある人物は、次にどんな抵抗を見せるのでしょうか。

 ざべすは想像がつかなくて、どきどきしています!

 そして、この「想像がつかない」ということが大事なんだなあと知りました。想像のつく、定型的な表現は、それ自体差別的なもので、人を傷つけるこわいもの。美しい人は頭がからっぽだとか、王子様は何も考えていないとか、貧しい人は愚かだとか。それは体験に先行する偏見で、そんなものを抱えていたら、だれにも出会うことができなくなってしまいます。そこから脱するには、そこにしかないもの、取り替えのきかないもの、はかないもの、一度きりのこと、具体的なもの、個性的なもの、そんなふうなものを目指すのが大事なのだと思いました。

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 映画が終わると、雨子は目をぱっちりさせて、「すっごく、おもしろかった!」と言いました。全然眠くならなかったようで、安心しました。二人で映画館から出ると、吹雪がやんだだけでなく、青空まで見えていて、とっても不思議な気持ちになりました。

くまのぬいぐるみ写真。花瓶にいけられたバラを見ている。

ふう

 では最後に、川口晴美さんの詩集『やがて魔女の森になる』から一節を引用します。この詩集はどこをめくってもどきどきするので、みなさんのお手元や枕元にもおいてみてください。 

 また来週、お目にかかります。

 皆あつまったから歩き出す

 信号は青

 快晴の日曜日にわたしたちは

 いっしょに作業する

(「ガールズワーク」より、ほんのすこしだけ引用)

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🐄🐖🐈🐕🐇 ちぇりおですわ 🦌🦔🦓🐫🐪🐢




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