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振り返り 2024 ⑶ 立ち止まってほしい

 兵庫県内部告発文書問題、岸和田市長損害賠償問題、大阪地方検察庁元検事正告訴・告発問題など、大きな権限をもった側の、暴力的な行為が問題化されては二次被害を生んで惨憺たる結果をもたらす事件が続き、お願いだから今が「底」であってくれと願わずにいられない 2024 年の年末です。そこに金融庁東京証券取引所の社員、職員によるインサイダー取引や、三菱UFJ銀行銀行員による貸金庫窃盗、群馬銀行銀行員による詐取など、いわば金融の番人たる立場にある人たちの犯罪も続きました。

 いずれも特権をもった人たちによる、もたざる人びとへの侵犯行為です。

 そんななかで、今年の新語・流行語大賞は「ふてほど」。主演の阿部サダヲが「自分たちで言ったことないんですけど」と言った通り、「ふてほど」なんて言葉は流行していませんでした*1

 でも、考えてみれば象徴的なことです。2024 年は「不適切」をめぐって延々起こる爆発に人びとが我知らず巻き込まれる年だったからです。斎藤美奈子東京新聞に「実際、2024 年は不適切な事案が続出した年だった」と書きました。

7 月の都知事選の NHK 党による掲示板ジャックから 11 月の兵庫県知事選での SNS によるデマ拡散まで、不適切な選挙が横行した。自民党の裏金事件で 46 人の議員らが処分を免れたのもの東京地検が 16 人の裏金議員らを不起訴処分にしたのも不適切だった。マイナ保険証への強行的な移行も不適切だったし、不適切な関係を問われた公党の代表もいた。(斎藤美奈子「不適切な選考」 東京新聞 2024 年 12 月 4 日「本音のコラム」より)

 二度の災害に襲われた能登への対応は遅く、いまだに 1 月の震災で生じた瓦礫処理が中途なのに、そんななかで衆院選は強行され、これで当然中止になるかと思われた原発再稼働は進み、万博は続行になりました。

 私は、特権をもった人たちが起こす不適切な状態が延々続き、それに対してイエスと言う以外にないと喧伝する社会が息苦しいです。

 このクソな社会構造のせいで苦しむ人がいる。亡くなってしまう人までいる。人が死んだんですよ。社会がクソだから。そんな、クソな社会構造をちょっとずつでも変えよう、という行動への押し戻し、バックラッシュが息苦しいです。

 しかし、私が息苦しいと言っているとき、「いや、この社会はクソじゃない。クソなのはお前だ」と言い、「辛い」と吐露する人を「弱い」と罵り、蔑む人もいます。自分は努力を重ね、この社会に適応したのだからと。負ける奴は努力が足りないのだと。そういう行動を取る人にとっては「それ、差別ですよ」の一言が息苦しいだろうし、平等や公平なんて聞きたくもないでしょう。

 結局、誰にとっても息苦しい。

 少なくともこのことは事実だろうと思います。適応している人にとっても、適応できない人にとっても、誰にとっても息苦しい社会だということは。

 今、朝日新聞不登校から立ち直りつつある人へのインタビューが連載されていますが*2、そこで不登校のきっかけになった、いわゆるエリート校での学校生活がいずれもハードで驚きます。今、高校生になったばかりの子たちが、ハードな(そして待遇の悪い)サラリーマン生活のようなサイクルに投げ込まれることのハードさに驚きます。登下校は満員電車。部活動にも積極的に参加しなければならないので、毎日くたくた。部活の上に塾もあるので帰宅が午後 9 時とか。ハードな残業生活の予行です。そんな学校生活を送る子は一体いつ、自分の態勢を立て直したらいいんでしょうか。「ちょっときついな」というとき、自分の生活を省みて、ここをこうしようとか、あそこをああしてみようとか、いつするんでしょう。一体いつ、将来の夢を描いたり、夢想したりするんでしょう。社会は日々「理想とは実現不可能なもの」と教え込んできます。それをはねのけて、考えられるかぎりもっとも楽しいこと、快適だと感じること、これなら生きていけると思える道を想像する体力を、どこで得るのでしょう。

 これはその、同じ場所で不登校には至らず、生き抜いた大勢の子たちにもいえることです。生き抜いた分だけ、ことは複雑になっているかもしれません。競わされることや理不尽をただ飲み込み受け入れた分、そこから脱落した人に対して蔑みや怒りをため込んでいるということもあるかもしれません。

 理不尽に耐えて間違った社会に適応しても、その先にあるのは自分自身が理不尽な行動をする現実かもしれません。

 特権をもたない普通の人びとがさらに奪われ続けている現実を見れば、適応し、成功してはいけない社会だということがわかります。適応してはいけない社会に生きているという認識は、自分にとってはいつも念頭に置いておかなければいけないスタートラインのようなものです。

 こんな社会でずっと一線で笑顔で走り続けている人に「ちょっと、後ろ見てよ」と言ったら激怒されるのは、当たり前なのかもしれません。辛い労働環境と理不尽を耐えている真っ最中の人に、労働環境をよくしようと言っても、不快にしか思わないかもしれない。吞気な正論を言っている場合かと。

 でも、夜、一人になったら立ち止まってほしいと切に願う。自分を見失わないでほしい。

 だって、人が死んでるんだよ。

 せめて人が死なないように活動することをデマで潰そうとする人たちがいて、その人たちが選挙で得票してるんだよ。

 能登の被災対策が進まないまま、また冬が来たんだよ。

 知事のパワハラを告発した職員は自殺して、その後さらにデマまでまかれたんだよ。

 人が死んだんだよ。

昨日の月

おわり




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