
突然の衆議院議員総選挙と最高裁裁判官国民審査に対応して、昨日どたばたと期日前投票してきました。今回は解散の経緯に問題があり、地震や豪雨の被災から立ち直っていない能登地域の対応の困難さはもとより、そもそも投票所入場券の発送が間に合わずなかなか手元に来ない、視覚障害者への情報伝達が滞るなど、公正性に疑問の残る選挙になることは間違いがないようです。
国政に関しては国家公務員法に違反している議員、政党には有権者として当然、投票できませんので、そもそも投票できる相手が少なく、あまり迷わずに済みます。また、前回の都知事選のようにほとんどの候補者がこの社会における差別を容認または煽動しているような状況が国政に関してもあるので、これまた投票できる相手が限られます。だから今回のような突然の事態でも投票行為としてはあまり悩むことがありません。この人もいい、この人もなかなか、あっちの人も国会に必要だし、うーん、迷うな! という選挙にめぐりあってみたいです。
今回の場合、投票行動として厄介なのは最高裁裁判官国民審査ですよね。日頃、全部の裁判が報道されるわけではなく、「あんな大変なことがあったのに、全然テレビではやらないな」とか「新聞の取り扱いが小さいな」とか、色々あります。たとえば、辺野古の件は法的にも倫理的にも論理的にも、そして五十億歩譲って米軍の便宜としてもなにひとつオッケーが出せるところがないのに、日本列島の住人にまんべんなく情報が行くようになっているとはいえない状況です。だから私としては、自分が日頃気にしている、沖縄や性的マイノリティなどに対する差別的な処遇や制度の裁判は確認するようにして、そのときに法ではなく政府の意向など、属人的な判断をした裁判官を覚えておく……ことはできない……残念ながら忘れる……のですが、気にしていると、広報なんかでコメントが出たときに「あっ」と思い出せる。それで、「この裁判官は No だな」と思ったら、そう意思表示しちゃっていいと思うんです。今回は二人、× を記入しました。後になって、一人を除いて残り全員に × をつけてもよかったんだなと思いもしたんですが、自分にとっては読んで、思い出して、判断して、実行したというだけで今回は十分、というところです。ちなみに、準備が出来ていないときは投票所で棄権を申し出ることもできるそうです。空欄で出してしまうと信任したということになってしまって、事実と違う行動になるので、その場合は棄権するとよいということのようです。





秋の気配にほっとしつつ、ふむふむと歩きながら考えました。
🚶 おわり 💃