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伊勢物語 第四十八、四十九段

四十八

 昔、男がいた。馬の餞(旅立ちの祝い)をしようとして人を待っていたところ、相手が来なかったので、こう詠んだ。

  今ぞ知るくるしき物と人待たむ里をば離(か)れずとふべかりけり

(今知りましたよ

人を待つのは苦しいものですね

自分を待っている人がいるところは

間遠にせず訪ねるべきですよ

 

 『古今和歌集』雑歌に収められています。そちらの詞書きは以下の通り。

紀利貞(きのとしさだ)が阿波介(あはのすけ)にまかりけるときに、うまのはなむけせむとて、「今日」と言ひおくれりける時に、ここかしこにまかり歩(あり)きて夜ふくるまで見えざりければ、つかはしける。

なりひらの朝臣

 紀利貞は紀氏出身の官人で、介は国司の次官です。在原業平は紀氏と姻戚関係があり、また紀氏から入内した静子の子、惟喬親王とも親しく、さまざまな逸話が残っていて、紀氏と関係が深い人です。利貞とも親しかったのでしょう。友人同士の気を遣わないやりとりのように見えます。

四十九

 昔のこと。男が、妹(いもうと)のとても愛らしいのを見ていて、

  うら若み寝よげに見ゆる若草をひとの結ばむことをしぞ思ふ

(若々しいので共寝によさそうに見える若草と

他人が関係を結んでいくとは残念だと考えてしまうよ

 と、こう申し上げた。妹はこう返した。

  初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなく物を思ひけるかな

(どうしてそんな、めったにない言葉をなげかけるのでしょう

これまで言葉のうらなど考えもしなかったのに、もう無理です

 きも。

 この「妹」は親しい相手に呼びかける「いも」ではなく、「いもうと」なので、血縁のある姉妹のことです。

 異母きょうだい間での婚姻がまだありえた時期で、貴族だとめったに会わないことも考えられますから、この程度の和歌のやりとりはちょっとした遊びで、雅なことのうちに含まれるのでしょう。

 でも、兄だと思っている人から「寝よげに見ゆる若草」だの「ひとの結ばむこと」だの、露骨に性的な言葉を投げかけられて、しかもそれなりに贈答を成立させなければならないというのはひどい話だと思います。実際、彼女も「うらなく物を思ひけるかな」と答えていますし。

 この四十九段が『源氏物語』に引用されています。今上と明石中宮の三宮である匂宮が、同様に今上の女一宮である同腹の姉を訪ね、伊勢のこの話を聞かせ、「いにしへの人も、さるべきほどは、隔てなくこそならはしてはべりけれ。いとうとうとしくのみもてなさせたまふこそ」と小声で言います。昔の人は姉弟の仲だったら、隔てをおかないのが習わしだった、それなのにこんなに他人行儀になさるのが……と文句を言ったわけです。そして、「すこしももの隔てたる人と思ひきこえましかば(すこしでも、血縁の遠い人であったなら)」と思い、次のような歌を詠むのです。

  若草のねみむものとは思はねどむすぼほれたる心地こそすれ

(若草のようなあなたと共寝をしようとは思いませんが

悩ましい気持ちのする私です

 これに対して御前にいた女房達は「ことに恥ぢきこえ(ひどく気まずく思い申し上げ)」、女一宮は「ことしもこそあれ、うたてあやしと思せば、ものものたまはず(ほかに言いようもあろうに、なんといやなことを、とお思いになったので、お返事をなさらない)」。そして、このような「うたてあやし」く、傍で聞いていて気まずくなるような歌にさらっと返答している『伊勢物語』の姫君は「ことわり」とはいえ、「ざれて憎く思さる(しゃれっけがありすぎて不愉快に思われる)」と書いています。姫君のことを「憎く」と書くのは『源氏物語』らしい書きぶりですが、伊勢から約一世紀、ここで姫君がしたかった、本来のこと、「拒絶」が描かれていると思うとじーんとします。

 とにかく、いくらそれが当時の常識であろうとも、気持ち悪いものは気持ち悪いです。「常識が間違ってる」「制度が悪い」ということはいくらでもあって、きもいものはきもいと拒否していかないと人生まるごときもくなってしまいます。ほんと、匂宮も伊勢の「男」も自分のきょうだいですら人間だと思ってないのがまるわかりで、サイテー。

 ぷんすか。

 というわけで、COVID-19 に罹患して十日ですが、だいぶ治ってきました。病床でちらちらとこの四十九段を眺めては「きもいな。スキップできないかな」と悩んでいましたが、なんとかかんとか、思いの丈を述べることができて満足です。今はただただひたすら眠く、気管支の辺りがもぞもぞしているくらいです。はやく完全体になりとうございます。

📚 つづく…… 📚




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