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伊勢物語 第四十七段

四十七

 

 昔のこと。男に、なんとかして思いを叶えたいと大切に思う女がいた。しかし女の方ではこの男が浮気者だと聞いて、次第につれなさが増していった。そんなときに、女が詠んだ歌。

  大幣(おほぬさ)の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ

(あなたは大幣のように引く手あまたになっているので

気持ちはあっても

どうしても頼りにできないのです

 これに男がこう返した。

  大幣と名にこそたてれ流れてもつひに寄る瀬はありといふものを

(大幣のようだと噂にはなっていますが

大勢から引かれて流れ着いた幣にも

最後にたどり着く浅瀬があるというものです

 この二首は『古今和歌集』の恋歌に同じ順番で収められている歌で、「大幣の引く手あまたに……」の前には「ある女の、業平朝臣を所定めずありきすと思ひて、よみつかはしける(ある女が、業平朝臣のことを所構わず女性に言い寄って歩く男だと思って、詠んで贈った歌)」という詞書きがついています。「大幣と……」は在原業平の名がついています。

 『伊勢物語』には「男、ねんごろにいかでと思ふ」と、男の女にかける思いを「ねんごろ」だとする視線があります。これは『古今集』の方にはない要素です。「ねんごろ」は、一途で、正直で、心のこもった様子を表します。これに対して、女の方は「つれなさのみまさりつつ」と書かれています。本当に「つれなし(=無関心である、冷淡である)」だったら「思へどえこそ頼まざりけれ(あなたのことは好きだけど、あてにしない)」とは詠まないわけで、『伊勢物語』の書きぶりは、この歌の詠み手に対して冷たいと思います。

 大幣は祓えのときに、大串につける幣のことで、祓えが終わると人びとが引き寄せて自分の体をふき、けがれをそれに移したのだそうです。そこから、心があちこちに惹かれる、気の多い人の喩えになったり、ひいき客の多い俳優や遊女を示すようになったりしました。

 スター、業平にふさわしい比喩だと思います。

 

 今日は COVID-19 発症七日目でした。八割方治っていると思うのですが、起き上がって何かをする度に、いつも通りじゃないことが発覚して、ちょこちょこ横になる感じです。すぱっと治ってくれません。でも、発症して三日くらいはよく眠ることもできなかったので、それを思えば今の、寝ても寝ても眠い状況は相当回復していると思います。

 

🐄 ちぇりおです〜 🐄




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