
うっかり『ミッドサマー』を見てしまいました。
予告だけで腹いっぱいです。
何度か映画館でその映像を見て、恐ろしくて泣きました。
主人公はダニー。心理学を学ぶ学生です。
ある夜、不穏なメールをよこしたまま連絡が取れなくなった妹のことが心配で、彼女は抗不安薬をぱくっと口にします。両親に電話をしてもつながらない。恋人のクリスチャンに相談をしても「考えすぎだよ」と言われてしまい、不安は治まりませんが、ダニーは「そう言ってほしかったの」と電話を切ります。その頃、妹は両親を道連れに自殺を遂げていました。
この時、ダニーは友人に泣きながらクリスチャンが冷たいと電話しており、友人は「そんな彼なら捨てちゃえば」とアドバイスしました。
たいへん申し訳ないことに、映画『そんな彼なら捨てちゃえば?(原題:He's Just Not That into You)』のことはまったく覚えておりません。見たような気がしないでもないのですが、どうしても思い出せない。
ただ、それを押しても言いたいのは、ダニーがこのとき、「別れちゃいなよ」という友人の言葉の方に耳をかたむけてさえいれば、ラブコメに展開することもありえたということです。明らかに自分にもう気のない彼氏と、明らかに自分を煙たがっているその男友だちがおりなす、だらだらしたうすらマッチョ集団ではなく、「別れなよ」という友人の言葉に耳を傾けていれば、彼女には不安はあるものの穏やかな学生生活があり、ごくたまにではあるもののほっとする、「生きててよかったな」と思えるような夜があったはずで、彼女なりの『そんな彼なら捨てちゃえば?(原題:He's Just Not That into You)』的ストーリーが始まっていたであろうと思うとほんとうにくやしくてくやしくてなりません。
ダニーは確かに不安定で、それだけに依存心も強く、節度をひょいっと飛び越えてしまうこともあり、彼女の性格では研究もままならないでしょう。研究の最中にも不安で不安で、目の前に資料というお宝があるというのに集中できない。そして、社会に出て、32 歳くらいになってふっと「今、学生だったらもっときちんと勉強ができたのに」などと思う。ダニーが大学に戻れたとしても、そんな感じになることは容易に想像できます。それだって、正気を維持して生き抜いてくれさえすれば、寅さんが満男に言ったように、あるいは中嶋らもが『明るい悩み相談室』で答えたように「ああ、今日はいい日だった、生きていてよかった」と思える夜がいつか必ず来る。
ダニーは自分に気のないクリスチャンとの関係を拒否することができず、ずるずると彼らの旅行について行ってしまいます。美しい森が広がる中にぽつんとある美しい村。そこはカルト村だったのです。
でも、このカルトの世界と、ダニーがそれまでいたクリスチャンたちとの世界は本質的には一緒です。もちろん、クリスチャンたちは身体を縛り付け合ったり、生死や生殖を管理監視しあったりしているわけではありませんが、同じことで笑い、同じものを食べ、同じゲームに興じることを互いに強要しあっています。いつ誰が始めたのかわからない、ただ漠然とルールだけがあって、起源が確かめられないためやめることもできないゲームでつながっているコミュニティだという点では、アメリカにいるダニーたちも、スカンジナビア半島のどこかにあるそのカルト村も同じです。
カルトに巻き込まれる物語として、『ミッドサマー』はこの点が新鮮だったと思います。主人公が安全地帯から危険地帯に移動して、何らかの変容を味わって安全地帯に帰ってきたり来なかったりするのではなく、主人公ダニーがずっと心細く、不安で、いつ振り落とされるかわからないような関係性からスタートして、それがひたすら悪化していくだけの物語です。
ラストでダニーは選択を迫られます。
しかし、その選択は「あれかこれか」といえるようなものではありません。
そもそも、彼女はルールをまるで知らされないままゲームに参加させられ、気づけば選択肢がその二つしかないところに連れてこられたのです。
どっちを選んでも、ダニーは加害者です。共犯者は村人全員で、彼女はまるで村の総意を代表しているかのようですが、ここに至ってもはや問題は選択ではありません。どっちだって、同じことです。大事なのは共犯者になること。
ここに至るまで、何度か彼女には拒否の機会がありました。
まず一度目は、家族の死。家族の死という耐えがたい悲劇のなか、彼女はクリスチャンの手を頼ってしまった。あのとき、手を離すことも選択肢のひとつだった。
次に、旅行に誘われたとき。彼女は、クリスチャンが旅行に誘ったのは単にその場しのぎだったことはわかっていたと思う。「私は行かないわ」と言って、二度とクリスチャンに会わないことも、選択肢のひとつだった。
また、ペレに「君の気持ちはわかる。僕も両親を亡くしているから」と言われ、ダニーは激しいフラッシュバックに遭うのだけど、あのとき、明確に「わかるなんて言わないで」と拒否し、そして旅行を取りやめていたなら。
さらに、村の入り口でドラッグに付き合えと言われたとき、拒否することも選択肢のひとつだった。このとき拒否していたらその後の展開が変わった……ということもないかもしれないけれど、「みんなで一緒に同じタイミングでトリップしよう」という気持ち悪い誘いかけを断れる彼女であったなら、あの後どうなっていただろう。
そして、自分と一緒に泣き叫ぶ女性たちに向かって、「やめて! 私の悲しみは私のものよ」と立ち上がっていたなら、ラストはどうなっていたのか。
長々と書きましたが、以上です。
「拒否するという選択肢がないように見えるとき」が延々続く恐怖映画でした。でも当人以外には「電話しなきゃいいんだよ」の一言で済んでしまう。大変。
この映画にいちばん近いポップスをべったりと貼り付けて、私は退散します。
さよなら、さよなら。