こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。テレビや新聞が事前に予想した通り、選挙で自民党が圧勝し、日本は事実上の一党独裁国家になりました。
何が恐いって、それが脅しや強制や暴力革命でそうなったわけでなく、マジメな普通の人たちが、事前予測で自民圧勝になるよと伝えられてたにもかかわらず、そのリスクを真剣に考えることなく、自らの投票で一党独裁体制を選択したという事実ほど恐いものはありません。
やっぱり、マジメで普通の人が一番恐いんです。いま我々は100年前の世界を追体験しているのです。
およそ100年前にファシズムが生まれました。続いてナチズムも生まれ、どちらも政権をとりました。極右思想の狂信者が支持しただけではそうなりません。マジメな普通の人々が、よかれと思って支持したから、成立したわけです。
戦時中の日本では、国防婦人会や隣組が市民相互監視システムを担ってました。朝ドラでは、自由で行動的なヒロインを非国民とののしる悪役として登場することでおなじみですが、あの人たちは極右やファシストではありません。マジメな普通の市民、主婦が率先して全体主義国家の手先となり、よかれと思って人権弾圧の最前線となっていたのです。
そういう人たちは戦後になると態度をころっと変えて、自分らは上に騙されていただけの被害者だといい始めます。映画監督の伊丹万作は『戦争責任者の問題』で彼らの欺瞞を暴きました。何いってんだ、みんな自発的に協力して、騙す側になってたくせに、と。それに表立って反対しなかった自分も含めて批判したのです。
なぜマジメな普通の人が率先して独裁国家に協力したのか、という疑問は愚問です。マジメな普通の人たちは権威に反抗することができないから、事なかれ主義で強者に味方する道を選びがちです。そしてその自分の弱さをごまかすために、自分の選択は普通で正しいことなのだ、マジメで普通の人間である自分が誤った選択をするはずがないじゃないか、と強力な正常性バイアスで自己催眠をかけるのです。
今回自民党に投票した人に、あなたはファシストですかと質問したら、たぶんみんな笑いながらこう答えるでしょう。やだなあ、そんなわけないじゃない。自分はファシストだのネトウヨだの極右だのなんて連中とは縁のないマジメで普通な人間です。自民が大勝したからって、日本が独裁国家になんてなるわけないですよ。心配しすぎ。だってほら、政治が不安定だと何かあったときに対処できなくて困るのは国民ですよ。だからむしろ、迅速な決断ができる安定した政権のほうが平和にとっても経済にとっても望ましいんじゃないですか。
どうです? あれから一週間、多くのみなさんが、こんな感じの理屈で自分は正しい選択をしたのだ、これは日本にとって良いことなのだ、と自分自身に言い聞かせ、何事もなかったかのように日常を過ごしていたのではありませんか。100年前の日本人と同じように。
長年日本の庶民文化史を研究してきた過程で私が確信したことがあります。人間は100年くらいでは変わらないのです。昭和の頃には、戦後、日本人は変わったと嘆くおじさん
(もうすでにおじいさんかな)がたくさんいましたが、それは歴史的に見ると間違いです。大正時代の人たちと現代人の考えや行動は驚くほど似ています。現代人の美徳も悪徳もそのほとんどが、大正時代にすでに存在していたことが文献史料から確認できます。
私もみなさんを批判することにはためらいがあります。というのは、私も20代のころまでは、選挙のたびに何も考えずに自民党に投票してたマジメな普通の人間だったからです。
自民党を支持してたわけじゃありません。政治にまったく無関心だっただけです。候補者がどんな人なのかなんて知りません。調べることすらしなかったのですから。
政治に関心がないなら投票に行かなきゃいいのに? そこはほら、マジメだから。マジメな人は、投票には行かなきゃいけないってヘンな義務感だけは異常に強いんです。
当時の私がそういう行動を取ったのは、マジメな普通の人は自民党に投票するのが当然だという考えに縛られてたからです。自民党の政治家はイバってて嫌いなはずなのに、自民が与党でいることが日本の社会や経済の安定につながってるのだという、なんの根拠もない理由で、自分の矛盾した行動を正当化してました。まあ、私が20代前半のころはバブル期で、この豊かさがずっと続くものだと思ってたから、政権を交代させなきゃいけない理由などなかったわけです。
でも、みなさんすっかりお忘れのようですが、バブル崩壊は自民党政権下で起きたんですよ。意図的に起こしたのではなくても、政権与党として本気で防ごうとしなかったことに対する責任はあります。しかもその後何十年も景気回復に失敗し続けたのも自民党でした。
自民党が多数で安定してれば経済も安定するはずだというけど、その期待が裏切られた時代を、私はこの目で見てきたのです。
30代になった私は自民党を見限り、無党派になりました。そして考えました。なんで自分は、自民党に投票するのがマジメな人間にとって正しい選択であると思いこんでいたのだろう?
それを説明できる唯一の答えは「信仰」です。自民党議員が不正をしようが景気が悪くなろうが、すべて不問にして支持し続けるという行動は「信仰」としかいいようがありません。日本のマジメで普通な人たちにとって、自民党は民間信仰の対象である、としか説明のしようがありませんし、この結論にたどりついたのは私だけではないはずです。ひょっとしたらすでに文化人類学や民俗学、社会学でその説が唱えられていたとしてもまったく不思議ではありません。
大事故や大災害で多くの被害者が出ると、神も仏もないのか、なんて嘆く声が聞こえてきますけど、その人に「じゃあ信仰をやめたら?」といっても、ホントにやめる人はほとんどいないんです。
何があっても、どんなヒドい仕打ちを受けても信じ続けるのが信仰です。マジメな普通の人ほど、なかなか信仰をやめられません。信仰をやめることが恐いから。統計調査には、7割くらいの日本人が無宗教だと回答します。でも6割以上の人が初詣に行ってます。墓も葬式も要らないという人もまだまだ少数派です。家や建物を建てる前に神主を呼んでやる地鎮祭をやりませんという人も少数派。町内の神社のお祭りに寄付を求められて、うちは氏子じゃないからと拒否できる人も少数派。
無宗教といいつつ信仰から自由になれないのは、宗教儀式をやめてしまって「何かあったらコワイ」から。マジメな普通の人ほど、信仰をやめる勇気を持つのはとても難しいのです。自民党支持も彼らにとっては民間信仰のひとつなので、自民党支持をやめたら何かコワいことが起きるのではないかと無意識に考えてしまい、なかなかやめる勇気が持てません。
でもそれが信仰だという自覚がないので、たぶんいま私がこうして理屈で指摘すると、いいや、そんなことはない! くだらない政治の話なんかするなよ! と感情的になって怒る人がいることでしょう。そして、非論理的な理屈をひねり出して、これは一党支配でも一党独裁でもない、ごく普通のことなのだ、と自己暗示をかけてまた安心するのです。
しかし、どの党であろうと、一党独裁は非常に危険なんです。自民党だから大丈夫なんて例外はありえないとだけ忠告しておきます。
あとは、一党独裁の危険性と、
先日のブログ記事で指摘済みの、高市さんの問題解決能力の低さというリスク要因に、いつマジメで普通のみなさんがお気づきになるかという点に日本の将来がかかってます。