9月に短大時代の友達と会った。あったのは、2年ぶりくらい。私のことを、「数少ない友達の1人。友達の数は少なくても、ちゃんと話せる人がいればそれでいい」と言ってくれた。私も同じ思い。とても嬉しかった。
そのときに、この4月から起きたことをはなした。そこで思ったことを書いておきたい。
私が「決められないんだよね、、、。わたしってこんなに優柔不断だったっけ」と言ったら、彼女はうなづくことに時間をかけながら「うん」といって、「決断が早い方ではない」とは言っていた。
若い頃のプライベートを思うと、いつまでもぐちぐちと悩んでいたし、煮え切らないことがあり、その話を聴いてもらっていた。優柔不断に見えたと思う。
そしてわたしが「(会社を辞めることについて)ネガティブな理由で辞めるのではなく、ポジティブな理由で決断したい」といっったら「天邪鬼なんだね」と言われた。
天邪鬼という言葉には、人の言葉に従わないということもあるし、「本音を隠す」というのもある。
若い頃の決められないには、「本音を隠していた」本音として「こうしたい」があるから、表向きには決められない。しかしながら、私といては本音が○○だから、決断できずにいる。でも表面的には、そちら位に行けたらいいのにね。ってことを言っていた。
会社を辞めることについても、本音としては、おそらく、定年(目標としていた時期)まで、無理なく好きなことをしながら勤め上げたい。しかし、身体を壊す恐れがあるから、身体を壊してまでして働きたくない。その本音を乗り越えるポジティブな理由で辞めることを決めたい。異動があるから、状況が変わるかもしれないと思っている。(②につづく)
(2025年9月の下書きから)
