私も深夜残業、早朝早出をしたことがある。深夜残業を恒常的にできていたのは30代前半くらいまでだったと思う。
その頃は仕事を自分でできるようになったり、わかるようになることが楽しかった。仕事に熱中すること=生きていることそのような感覚があったと思う。
ある日の休日出勤帰りのバスの中で家族連れを見て「私がしたいことは本当に仕事なのか。この家族のように、家族を持ち、団欒の時間を持つことなんじゃないか」そう思ったこと。バスに座っている自分を上から見ているような光景が今も目に焼きついている。
今働いている所属では、連日連夜残業、1時間早出、休日出勤もしている層の人がいる。それもそうやって働くことがスケジュールに組み込まれている。
若いから、仕事ってこんなもんって思ってできるところもある。若いうちにそういう働き方が当たり前と思えば、今の若い人の価値観でも疑問も持たないのか。いや、それに耐えうる人を選んでいるのか。少なくともわたしは若い頃は経験したくて、仕事がしたくてがむしゃらに働いていた。
今私はその若い人たちに引け目を感じている。また、今の置かれた状態に対して、早出残業ができないこと(と言ってもまったく0ではない)を理由とした会社からの位置づけに不満なこともある。
以前の自分であれば理不尽と感じて、可能な限り歯向かって、自分の頑張りを認めてもらうことに注力したと思う。
今はそんなふうに思わない。働くことの第一義は生きるためのお金を得ること。心身のバランスを崩すことにつながる無理はできない。その2軸の下に、居心地ややりがいがある。
私はやりがいや仕事を通した成長を大切に長らく働いてきた人。それに対する承認欲求もあった。しかし、今は価値観、優先順位付けが変わった。
私の今は居心地の悪さ、やりがいは横に置いておける(会社はモチベーション高く仕事に取り組めと考えている)。
心身のバランスを崩すことにつながる無理はできない。それに対する理解が欲しいのだけど、なかなか難しい。
仕事が変わるまでは時間のコントロールをし、効率化はできた。しかし今は固定残業のように拘束時間がある。それがコントロールできなくてが辛いのだ。
ここまでわかってていて何で決められないのか。仕事が変われば普通に働けるのに。環境があわないだけなのに。その意味をわかってもらうことが難しいとわかっているのに。
仕事だから、組織だからその時の状況、要員体制で対応が変わる面はわかる。しかし、ネックを解決せずにと言われても難しいものは難しい。
(2025年10月の下書きから)
