①では、 心身のバランスを崩した後に、
- 働くことで譲れないものは、生きるためのお金を得ること。
- 基本的には残業をせず、限られた時間で効率よく働くことに私の軸は変わった。
心身のバランスを崩すとは、それまで無理していた要因や考え方や捉え方の歪みに気付くきっかけとなる。ここで自分と向き合わざるを得なくなる。私は積極的に向き合った。
自分でここまでというラインができる。そのラインを超えるとバランスを崩すというリミッターのようなラインができる。
そのラインは人それぞれで、元から健全なラインを持っている人は、多分心身のバランスを崩す前にこのラインをオーバーせずに行けるのだと思う。
私は今回心身のバランスを崩さないように精一杯セルフケアをした。しかし、体力的にも厳しくその環境に対して自分が適応できないことがよくわかった。これは、2025年6月に書いた下書きからの投稿ですが、10月にやはり、その環境に対して努力したところで適応できないことはよくわかった。
努力したり、気合を入れて乗り越えられるということではない。これは、この思いをしたことがある人にはご理解いただけるものかもしれない。
甘えとか逃げではない。等身大の自分を受け入れること。それに沿った行動ができるようになることが私にできること。
自分が受け入れて人に話せる。それにより理解を得られないなら、それはもう仕方がないことなのだ。
長時間労働、固定残業、昼休みが内を受け入れて、体調を保つことがメインになったところで、もう違う。基盤を整えることが毎日のメインになるんではだめ。そして、体調を整えることが、主の調整となったら仕事など満足にできない。
要因を取り除かないと難しい。体調を整えているから仕事で成果が出せる。成果を出す以前に、長時間労働が体調を崩す。それなのに、それを続けさせるって何だろう。
言いたいことは健康でなければよい仕事もできないということ。その健康を崩す要因を除去できないというのはそれは居場所じゃないということなのだと思う。
