認知をするときに、自分を追い詰めるような捉え方・考え方をしてはいけないのだと思う。
すべてにおいて自分だけが悪いということはない。原因が一つということもない。環境や組み合わせが大きな要因ということもある。
そして、自分が見える世界。他人が見える世界。それは同じではない。
私はこのタイトル「敵ではない」という言葉を敵(対立する相手)ではないという意味で使った。しかし、それは違かった。
敵というわけではないけれど、味方でもない。加えて、わかっているのに知らないふりをする人もいた。私はその人にもともと良い印象を持っていなったけれど、その自分の見た目の方が大事だ。思い込みはいけないけれど。
結果、自分ではコントロールできないことになった。それもまたしかり。それに対して自分がどう判断するか。その判断は他人に左右されるものではない。
