昨日は、この1年頑張ってきた試験の一部に落ちて、ふと、思いだした。
私はいつもお祝される側ではなく、お祝いする側にいる。そういうことが多く、「私っていつも。。。」と過去に思ってきたことを思い出しました。また、今回もそうだなと思いました。
しかし、今回は自分でが好きで受けた試験。その落ちた理由も明確でした。私っていつも。。。って思ってから見えているものは少し変わってきていることを書きました。
自分に何かが足りない等それを解消するためにやり方谷方法を考えることができるようになってきて、とても良い方向に向かっていると思います。
しかしながら、この3年間走り続けてきましたが、「この先自分がどうしたらいいかわからない」。原点に立ち戻りました。
私は仕事に着いて働く上で譲れないものが変わりました。生きるためのお金を得ることが譲れないことで、それ以外の優先順位は低いということです。
頑張っても自分が思うように報われないことがわかってから、頑張ろうという気持ちがなくなった。それはじぶんのありのままを受け止めて、引き受けることです。
頑張ろうという気持ちといっても、何に対してというのがあります。ここで私が言いたいのは、やる気を持って頑張るというもの。頑張りを認めてもらおうであったり、その仕事を通じて自分を高めようと全力で頑張るということはしない。やることはやっています。しかしそれは頑張っていない。
どんな仕事でも、自分を高めることはできます。例えば、エクセルで何かを集計するとき、新しい式を見つけて時短を測ることはスキルアップです。
ゴールに向けて何が必要か項目を掲げ、ルートへのプロセスを考えて実行することは、やる気がない仕事であっても必要で、仕事をするスキルを伸ばすことができます。こういうことは、効率化、時短のために考えていくところです。
以前のわたしは、仕事を通じて、自分を高めるということを仕事の目的や経験として重視していました。優先順位が下がったとでも言いましょうか。
やる気にならない。それも興味を持てない。仕事自体にやる気が出ない。役割があるような無いような、裁量があるような無いような。しかし、振り返れば、やることはやっていて、きちんと役割を果たしていると思う。
ここまで書けたらけたらいろいろな気持ちが出てきました。私っていつも。。。もあるのだけど、ほかの気持ちもある。こういう状況で、学科だけでも一部合格を勝ち取ったとも言えますね。しかし、体調も崩すことも多かった。
自分にとって何が大切で何をしたのか。見つめ直す時なのだと思います。
