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14年

 東日本大震災から14年が経った。もっと前だとも感じる、最近だとも感じる。

 

 私は勤務先のビルで被災した。可動式のキャビネットがぐわんぐわん揺れた。家族の名前を叫ぶ人もいた。私は机の下に隠れた。同僚が私の名前を叫び、2人で揺れが収まるまで、お互いの気配を感じあいながら、机の下で揺れが収まるのを待った。

 

 職場にあったテレビでは、火災の様子がうつっていた。そして、津波の映像、福島の原発のこと、テレビからは現実とは思えない映像が流れていた。

 

 私は、自分がいるところが震源に近いと思っていました。揺れている最中に両親に「無事」とメールした。そのときはまだ通信規制がされていなく、父母からも返事があった。その時点で生存が確認できていたからその後も安心できたけれど、これがなかったら気が狂いそうだった。

 

 東日本大震災の前に、大船渡の山火事、津波の被害に遭い、山方面に転居した人が山火事での被害にあった。昨日見たニュースでその人は「子供たちがこの場所から離れたくない、同じ学校に通いたいと言っている。ここで生活を立て直そうと思う」と話していた。自分だったらと思うと胸がギュッとなった。

 

 14年前に感じたことがあった。こんな言葉を聞いた。

 

 「人間最後は家族が大事。今回のことでそれが良くわかったね。」そんな話だった。本当にそう思う。自分にとって大切な人たちの安全と健康を願う。私はその大切さを感じた。自分にとって一番大切で、かけがえができないものはなんだろう。

 

 それはお金でもなく、ものでもない。人と過ごした時間であったり、その人たちの笑顔だったり。無形で心の中にあるもの。

 

 それがわかっていながらも、深められずに14年を迎えた。14年を迎えた日にこの様なことを思い出すのは自分にとってサインなのだと思う。

 

 一気にはかわれないけれど、少しずつ変わっている。この調子で大事な方向に進んでいこう。

 




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