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根っこに引っかかり続けるもの

 信頼がなくなった人がいる。その人には、それまでお世話になったこともあった。致し方ない事情で私が休まざるをできないときに、ヘルプをメールで依頼したら、案の定何にもしていなかった。「メール読んだのですか?」ときいても、「読んだ」とも「読まない」ともいわない。

 

 そのメールには複数の事項が書いてあり、そこにしか記載していないことに反応をしていたことから、私は「メールは読んでいた」と判断した。そして、「頼まれたこと」はやらない。自分に都合いいところは情報として受け取ったと感じた。

 

 私はこのことを根に持っている。それからその人とコミュニケーションを取ったり、その人に対してのフォローをしなくなりました。本人は「嫌われている」と感じているそうです。

 

 その人がもうすぐいなくなる。いなくなったら、数回会うことは会うかもしれないが、おそらくもう会うことはない。

 

 この後に書こうとしたことを打って見て、気づきました。自分はその時最大限にできることをしました(正確に言うと、私がヘルプをお願いした内容はその人が仕事で来ていないところをフォローするためのものでした)。

 

 行きちがったまま関係性が終わる。それに対して最後だから笑顔でという気持ちもあった。

 

 しかし、笑顔でおくることも腑に落ちない。言葉は適切でないかもしれませんが、相手が私に対して、無き者とされたこともありました。

 

 コミュニケーションを取らないことによる溝は深まったこともあるかもしれませんが、客観的にその事態を見て何も私がしたくないことをしなくていいと思うようになりました。私からの信頼はその人に対して無くなった。また、相手も相手が行った行動に対して動く気持ちがなかったということです。

 

 それまでお世話になったことに対して、最後に「お世話になりありがとうございました。お元気で」とだけは、伝えられたらいい。お世話になったのは事実だから。それを伝えるだけで十分。それ以上行動に移す気持ちはない。




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