職場で呆れた。大人に対して子供のような、職場なのに仲良しクラブのような。具体的な事象がかけずに申し訳ないのですが、心底呆れた。本人にも呆れたと伝えました。
そこから考えたこと。結局は「自分のことしか考えていない。自分やその周りさえよければ、人に迷惑をかけるまでいかなくとも、不快に思われたとしても関係ない。」そう思ってるからこんな子供じみたことができるんだと感じました。
この人たちには、数ヶ月に一度、イラっとすることがある。それを何度も繰り返してやっとわかった。私が相手にしないで「○○だなーこの人たち」って心の中で思って口にせず、関わりを持たなければいい。頭でそれがわかっていてもイラっとしてしまうのは、まだ、相手に期待しているということ。正確に言うとこの人たち○○だということを忘れてしまっている。
今日は呆れたと言ってしまったけれど、相手がそれを受け止めなかったら、その言葉は自分に返ってくる。受け止めるくらいならやらないからね。だから、私が損するだけ。
このように呆れたことをする人たちは、周りの人が不快に思うことを気にしていない。だから、それを外には出さない。普通のオーラを出している。
一方、呆れた私の方は、自分からマイナスのオーラを出している。○○だと思う人たちに反応することで、損するのは自分なんです。
具体的な事象を書いていないので、何のことだろうと思うと思います。私はいい大人が職場で何やってんの。子供じゃないんだから。っていう話です。だけどこれを書いていて思いました。その子ども扱いをしている人のためにやっているのではなく、自分たち(○○だと思う人たち)がその方が都合が良いからやっているのだと思う。
変わらない人たち。最近はいろいろな意味で「違う」と思うことが多い。これから書いていきますが、そう思うことが連発していきます。しばらくそのことを書いていきます。
風の時代も本格化してきて、私は自分の環境から気づきを得て、そのことに対して答えをだすまでの時間が短くなってきている。私は変化、進化していっています。
