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国民的スターの報道から感じたこと⑥

 昨日国民的スターは、芸能界引退を発表しました。芸能界の中でもトップ10に入るほど、その人を知らない人日ないほど有名な芸能人。引退発表のコメントで終わりというのは、何とも後味の悪い幕引きとなりました。

 

 引退しても、死ぬまでに必要なお金は持っているでしょう。しかし、どこに行っても顔も声も割れている。本当に頼れる人が周りにいるかもわからない。余計なお世話だけど、どうやって生きていくのだろう。 

 

 自身が引き起こしたトラブルの影響が広がり、「全責任は自分1人にある」ということで、幕引きを図ろうとしているけれど、そうはいかないと思う。

 

 本当にフジテレビやテレビ局、芸能界に、性接待の習慣があったのかなかったのかはわからない。どこでおきたかは別にしても、権力のある人の意向に逆らえず泣き寝入りを余儀なくされた人は一定するいるのだと思う。

 

 それは、個人の考えかもしれないし、組織として常態化していたのかもしれない。前者であればその個人を、組織であれば組織を、関わる人たち、特に、責任がある人が統治できていなかったことが問題を大きくした根っこだと思う。

 

 私は国民的スターが犯したであろう女性トラブルを擁護する気持ちは全くない。相手の女性の尊厳を犯すトラブルだったのだとおもう。(少なくとも相手の女性はそう感じていて、スターも示談金を払っている)

 

 しかし、このスターがそこまでのことをしてしまうようになった環境があった。

 

 もし、フジテレビが、このようなトラブルが起こる環境に関与していたならば、それが今フジテレビが問われている企業統治、企業コンプライアンスの姿勢なのだと思う。

 

 そうやって考えると、このスターもその環境に身を置くことがなければ、その環境に甘んじることがなければ、他人の尊厳を傷つけることも、自らが生涯をかけて気づいてきた職業を失うことはなかったと思う。

 

 私はもう国民的スターの顔が、人の尊厳を犯した顔にしか見れなくなっていた。テレビで見たいとおもわかいし、また、過去に俳優として素晴らしい演技をしていたドラマも違くみえてしまう。素晴らしい演技であればあるほど虚しい。

 

 人間として、自分も相手の尊厳を尊重することはとても大切。それを忘れてはならないと感じました。




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