とある国民的スターが、女性との間に重大なトラブルがあり、9000万円の示談金を払った。そして、年末年始、その国民的スターが出る番組は一部のラジオを除き、編集でその姿をカットされたり、別番組に差し替えられたりしていた。
そんな中数日前に、自身が所属する会社のホームページでお詫びを発表した。あまりに唐突にその文書が開示されたことにもびっくりしたけれど、読んでみると、はてと違和感が…。
この人が言いたかったことは以下二つ
1つ目は、今後の芸能活動は支障なく続けられるということ。
なお、⽰談が成⽴したことにより、今後の芸能活動についても⽀障なく続けられることになりました。
2つ目は、この問題は当事者間の問題である事
このトラブルについては、当事者以外の者の関与といった事実はございません。
お詫びというものの、上記2つを主張したかったのではないかと。
1つ目に関して、自分としては、芸能活動は、示談が成立しているので続けられる立場だといいたかったのでしょう。しかし、このような報道が出た人を公共の放送、スポンサーがつく番組が支援するか。以前この人が所属していた事務所のタレントが起用されなかったように、芸能活動を支障なく続けられるかは、スポンサーなり、社会なりが判断することです。
2つ目に関して、当事者以外の関与はないとなぜいう必要があったのか。この発言をすることで何を守りたかったのか。その守りたかったものに、この発言をした人が望むように守られることがあるのか。
一部報道では、相手方女性は、この国民的スターへも、その場を設けたであろう人(組織)も許せないと言及しているそうです。これだけ見ても当事者同士の認識がちがうことがわかり、それを消そうとしたのか。
この国民的スター、お詫びの発信ついて、きっとこのスターは、状況に追い詰められて、必要だと思って自分のこころのままに動いたのだと思う。しかし、誰かに相談できなかったのか。また、自分のことをどう思っていたのだろう。1で言えば、これを言うことで自分は守られるのか。2で言えば、自分よりも誰か、何かを守りたかったのか。
このスターは数年前から性加害の疑惑がある大物タレントが問題となった飲み会に参加していたともいう。それで多くの人は、上記2つの報道をしたことに関する、今回の根っこにある何かを感じたのはないでしょうか。
少なくとも私は今はこの国民的スターも性加害の疑惑がある大物タレントをみたくない。
