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自分と異なる人にあった時

 仕事の山は越えたのですが、今回のことであやふやなままスタートしたことに対するクレームを受けることが増えました。そのクレームの要因はご案内がかけていたこともあるし、過渡期ということもあるし、そもそも私たちも知らなかったということもあるし、設計時の想定が無かったということもある。

 

 クレームを受けるということは気分の良いものではありません。そのような時に、自分の都合で、すでに決まっている打ち合わせ日時を変えてほしいと自分の都合に合わせるように働きかけてくる人もいる。

 

 相手の立場だったらそうしたい気持ちはわからなくもない。けれど、私はその人の仕事の進め方や態度等を見て、自分は軽く見られていると感じている。ささくれを逆なでされるような気持ちになる。その積み重ねでその人へのわたしの見方も変わった。相手がその気がなかったとしても、私はそう感じて、線を引いた。

 

 働いているときの自分というのは、働いている職場や仕事での役割を行っているに過ぎない。だから、相手に対してどうこう言っても仕方がないのだけれど、人間には感情がある。

 

 しかし、そういうときは、受け止め方を変えて、自分に負担を掛けないように自分でコントロールするといい。最近はそれができるようになってきた。

 

 例えば、相手が責めてきたとします。その時は嫌です。冷静になった時、本当に自分は責められなけれならなかったのか。相手は、自分を責めることでしか感情を表現できない人、責めるという表現をとったことはその人の問題なのではないか。

 

 相手は自分を責めることで「自分が正しい」それをわかってほしいのではないか。しかし、私が相手が「自分が正しい」とわかったうえで、「相手が正しくて、自分は正しくない」と自分を変える必要なんてない。相手は「自分が正しい」と思っていることが分かった。だけのこと。

 

 そのうえで仕事なら、責任がある人に両方の側面から責任を持って決めてもらう。それ以上の責任を負うことはない。そして、自分で自分の行動を改善した方が良いと思うことがあれば、それを実践する。

 

 自分と同じ立場サイドの人でも、自分と全く同じ考えを持っている人はいない。方向性はあっているかもしれないけれど、細部は譲り合ったり、機械的に合わせているそれでいい。違うものを全く同じにすることなんてできないのだから。

 

自分のこころの健康維持のためにも書きました。




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