1ヶ月に1回、大学の先生が行う講座に参加しています。この先生、すごいと思うことが複数あります。
わかりづらいことをわかりやすく話すことができる。心理学に関することなのですが、心理学者の複雑でわかりづらい理論が多い。結論まで至る過程や様々な方向性があり、明快にスパッと解説できるかというと、どこを切り出すかでも変わってくる。このような背景の中で、要点をわかりやすく、平易な言葉で説明してくださる。
先生ご自身も、難しい理論をわかりやすくはなしていて、じぶんはすごいとおっしゃっているが、本当にそう思う。なかなか相手がわかる平易な言葉で説明することは難しいものです。
こういう人は、頭の中でしっかりと理解ができていて、全体像を掴んでいるのだと思う。その全体像の中で、どこの部分を切り出したらいいか、どの言葉で説明したら良いかという相手に応じた引き出しも沢山お持ちなのだと思う。一緒にいるだけで勉強になる。
一方で、専門用語を並べたり、ことばの言い回しは立派だけど、一体何をつたえたいのか、わからない人もいる。こういう人は、中身がなものをあるように見せる語彙力を沢山持っている。それはそれで素晴らしい。しかし、あまり中身は感じない。
こういう人もおそらく薄っぺらいかもしれないけれど全体は見えていて、結節点を繋いでまろやかにする、予定調和の中で納めるのが得意なのだと思う。それが苦手な人は多い。なので、こういう人は一定の需要があると思う。
また、自分が見えている麺だけで、全てを語ろうとする人も多い。そういう人は、同じことを表していることばを複数もちいるので(自分が見えていないことは同じことなのに別の言葉を使う)結果として、その部分しか理解していないことがわかる。こういう人に全体を理解するようにといってもそれはむずかしい。おそらく全体を理解しようという考えを持っていない。
相手に期待せず、そういう人だと思い始めたらイライラすることは少なくなった。勉強になる人と一緒にいる時は気分がいい。このように感じられる人は大切にしていきたいと思う。
