毎週日曜日14時から放送されているザ・ノンフィクションを久しぶりに見ました。
タイトルは、私のママが決めたこと ~命と向き合った家族の記録~です。
治療法がないがんに侵されたマユミさん。その病魔が脳と頭皮含む全身に転移し、安楽死が合法に認められているスイスで最期を迎える決断をした記録でした。
スイスでは自国民以外も含め、合法で安楽死が認められているそうです。マユミさんは、その団体に問合せ、自らの命の最期を決めました。命を終える点滴の投与により最期を迎えるのですが、その点滴を開くのはマユミさん本人です。(その場面は画面には何も映っていなく音声だけが流れました。)
マユミさんは、「生きられるなら死にたくない」と話し、この先がんが脳に転移したことで、自分の意に添わず暴言を吐いたりすることはしたくないと話されていました。ご主人と高校3年生、小学6年生の娘さんにも話してご家族はマユミさんを見送りました。
マユミさん、娘さんたちに毎年手紙を書き、レシピ本をつくり、最期の晩にはお父さんに引き継ぎリストを渡す等、精一杯自分を生きていらっしゃいました。最愛のご家族への愛情を計画的に残していかれました。ご自身がつらい中で、良くここまでのことができると感じました。
日本では安楽死は認められていません。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性が安楽死を望み、それに手を貸した医師が殺人ほう助罪となる事件がありました。
日本に安楽死を認める制度があったなら、本人が安楽死を望むことが確実に確認でき、が安全に運用される仕組みが確立していたなら、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女自らの安楽死に手を貸してほしいということも、医師は殺人ほう助罪にはならなかったでしょう。
何が言いたいかというと、自らの病に治る見込みがないと考えた時に、死を選びたいという人とそうでない人がいる。重要なのは、死を選びたいと考え抜いた人が、本当にその命の最期を迎えることを選ぶのであるならば、その選択は尊重されるものであってほしい。
本日のドキュメンタリーで見たマユミさんは、自らの命の最期を決め、大切な家族にたくさんの思い、愛を残されました。「生きられるなら死にたくない」その生きられるが難しくなることを自らが最もよくわかり、お辛くて、残された命の中で最大限生きる計画を立てた結果が安楽死の選択だったのだと思います。
うまく言えませんがとても感じることが多かった。マユミさんのご冥福を心からお祈りいたします。そしてマユミさんは今もご家族ともに心ひとつに生きていらっしゃるように感じました。
