人間関係において、たった一言でその人との信頼関係が崩れることがある。仮にその一言が、その時の感情的なもので、その一言とは相反する気持ちを持っていたとしてもその一言により、その人に向けて開けていたシャッターを閉じてしまうことがある。
上記は、私が大変お世話になった人にこころのシャッターを閉じた時の話です。同じ会社で働いていて、相手の方が役職も上の人です。禍根を残さないほうが良いことは頭ではわかります。
しかし、もうその人へを信頼する気持ちはなくなった。助けてもらったご恩は感じているけれど、それをマイナスに転じるような対応をされた。エレベータで二人きりになっても、私は一言も口を開かず、目も合わせなかった。仮に話しかけられても、「その節はお世話になりました。ありがとうございました。」と既に済んだ話としてそれ以上のコミュニケーションを取る気持ちはない。
相手は、自分の思い通りにならない私へのこころ内対応を、私への愛情(男女間の話ではなく人間間の話です)だと言っていました。怒りもぶつけられたし、その人は、自分の思いに気付け、思うようにしろと言わんばかりに、私に不機嫌な態度のまま接し続続けてきました。
私が相手の思うように動けば、関係は改善されたのかも知れません。私にはその人の意向通りに動く気持ちはありませんでした。自分の条件に合えば、相手を認めるけれど、合わなければ認めない。相手は気づいていないでしょうが、それが相手のわたしへ対応です。
本当に相手のことを思って、こころない対応をするならば、心無い対応に至る、対応後の相応のコミュニケーションがあると私は思います。しかし、何のコミュニケーションもありませんでした。また私からもコミュニケーションを図る気持ちはありませんでした。
私の中では、この相手との関係は完全に終わった。の相手と関わり続けていたら、この相手の基準に応え続けることになるのだと思う。その期待に応えないことは私にとっても試練であったけれど、相手に応えなかったことを実践できたことは私の力になった。
その時は私は本当につらかった。しかし、この相手に応えなかったから、今の私があると思っている。この相手の意のままに動いていたら、人に合わせ続けていたら、今のわたしではない。必要な経験だったのだと思う。(②につづく)
