元TwitterCEOのジャック・ドーシー氏の発言が物議をかもしていましたね
delete all IP law
— jack (@jack) 2025年4月11日
いろんな角度で観察する必要がありますが、個人的にはかなり肯定的にとらえています
極端な発言ですし、どのような意図があるのか、当人でなければ経緯もわからないので不明なので触れる必要があるのか?とも思いましたが、数年何らかの著作物に触れ続けていることもあり個人的な意見についてテキストに書き起こすことは悪くないだろうと考えました
まず翻訳をいくつか
DeepL : IP法をすべて削除
ChatGPT 4o : すべての知的財産法を廃止せよ
ChtGPT o3-mini : すべての知的財産法を削除せよ
Grok3 : すべての知的財産法を削除する
だいたい同じようなニュアンスに取れますね
個人的には「すべての知財における法律を放棄せよ」のようなより強い文脈なのではないかと考えています
ただ、これはアーティストを軽んじるというわけではありません
アートやデザイン、発明や研究の先にある発見など、あらゆる知財そのものについては大変な敬意があることを前提としてこのテキストは書いています
ありとあらゆるエンターテイメントや、日々の生活、インフラなど、知的財産がなければ現代社会は成立しないのです
現代的な社会では湯水のごとく無意識に利用しているのです
ディティールではすでに破綻しているといっても言い過ぎではないでしょう
そう考えるに至るいくつかの背景をつまんでみることにします
皆さんが持っているスマホの利用時にサービスが落ちたりすると「サーバーが落ちたー!」とがやがやするシーンがあると思います
サーバーには可用性という言葉が存在します
システムの稼働率に使う指標ですね
一般的に99.999%とうたわれているサーバーがあった時、年間を通して約315秒しかダウンしません、という保証を書いているのです
年間を通して5分15秒のメンテナンス時間しか許されていないということです
1日に換算すると0.86秒しか停止できないですから、ほぼシステムを停止することはないと考えていいでしょう
可用性のあげ方は色々あるのですが、これは知識が凝縮されています
言い換えるとノウハウと機密の宝庫であり社外に漏れることを本来許されない知財の塊なのです
しかしながら、99.999とは言えないにせよ多くのウェブサービスやアプリケーションでそれに近い体験を享受していると思います
年間に大型メンテナンスが4回(約6時間)行われるソシャゲを仮定すると、99.7%稼働していると言い換えることができますね
どうしてそのようなことが可能なのかというと、基礎的な部分について情報を開示し共有することでベースの技術を担保していることが一つ挙げられるでしょう
もちろん各社の特許的なものもあるのでブラックボックスになっている個所ももちろんありますが、サーバー技術においては誰でも99.7%の可用性を手に入れることはできると考えられます
アートではどうでしょうか
現代では様々な作品が発表されており、素晴らしい作品には称賛の嵐が飛び交っていますね
動画も音楽もスナック菓子のように楽しんでいると思います
しかし誰がその作者を食べさせることができているでしょうか?
ハイテクやITは比較的職に結び付くのがアートの世界と比べると容易に思います
作家一本で食べていくためには人生を賭けても無理なことのほうが多いように感じます
本人の問題もあるとは思いますが、多くは外的な環境によるものです
この点だけを見ても圧倒的に職としての機能は低そうにみえます
しかし本当にそうか?という話は完全に別の話しです
知的財産を守る法律というのは、本来的には作家を守るものです
作品を守る観点ももちろんありますが、作家を守るものです
作品は子供か分身のようなものであると考えると、望まぬ用途、望まぬ譲渡が発生した際に解決する手段だと考えられます
現状においてアートについての知的財産というのは作品に対して重きを向けられているように感じます
というのはその作品を取り扱うためのルールが厳しく記されているからです
何のためにそうなっているのかというと、その作品を軸にして様々な商品を制作するためです
たとえば日本においてコミックスの印税は1割弱だといわれています
しかしその漫画を原作にしたアニメーションを制作するとしたとき、ゲームを作ろうとしたときにどのようにその作品を取り扱うのか、そういうことを定めているのが知的財産に関する法律のほとんどです
金銭的な面だけでも作家一人では到底できないたくさんの人間が必要な作業を経て作られたそれらは、我々のような個人消費者が消費をするたびに作家に戻すのは大変だという観点から、作家には先に大きなお金が渡されることもあります
そうするとどれだけ消費されても作家に還元されることはないですよね?
アニメだとして創作に関与した作家、例えばアニメーターであれば、描いた分の稿料しかもらうことはできません
これは創作において分断があると考えることも可能そうです
次に考えるのは著作権や特許の保護期間の終了について
著作物は作者の死後70年を経過するとパブリックドメインとなることや、特許は出願から20年間独占で使用できることが有名です
強大な力は自由なようにも見えますが現代においてはすでに不自由な側面が見えています
医薬品などは顕著であって、特許切れを待つと患者の生命が脅かされるという観点から短縮されるケースがあります
ITやハイテク関連が自由そうに見えるのは権利について独自にポリシーを設定るという側面があるでしょう
アートに関しても同じようにクリエイティブコモンズやITと同じようなライセンスでの運用を行っている場合もあります
最近だと生成AIに対してもポリシーなどがありますね
つまり何が言いたのかというとみんなが使いたいという時期と知財が保護される時間にギャップがあるのではないかという疑問です
また運用としてライセンスを緩めたとしても作家を食べさせる仕組みにはなっていないこともポイントです
見方によっては経済的な豊かさを放棄することが重要なのかもしれません
公共のためにやるのだという高い志は素晴らしいですが、生きていくことが困難である現実から逃れることができません
シナリオについてはどうでしょう
シンデレラストーリーという言葉あります
灰かぶりの少女が魔法の力で舞踏会に出席することができた結果、玉の輿をゲットするという話ですね
ロミジュリでは、派閥に揉まれた男女が困難を乗り超えようとする悲劇です
これらはシナリオのテンプレートとして当たり前のように使われています
もちろん死後70年以上たっていますし、似たような話はごまんとあるのでいいだろうと考えていますが、果たしてそうなのでしょうか?
かといって使っていいですかとか、似ていますね、では許諾をということは事実ベース不可能です
初めて許諾という言葉を使いましたが、誰や何から許されるのかということですが、作者です
これを定義しているのが知的財産にまつわる法律です
許諾をとったら何をやってもいいのかというとそんなことはなく、リスペクトなく取り扱われれば裁判になりますし、非常に重い罪に問われることもあります
乱雑に取り扱うことは普通に失礼ですから、怒られるのは当然のことです
けれども、この取り扱いが面倒なのでほかの人に委託している場合はどうでしょう
作者がノーという可能性を否定して経済的な条件のみでイエスになるかもしれません
ここまでで、
・知識は共有されることで強い力になること
・作家には格差が確かに存在していること
・原点となる考え方に不備があるのではないか?という疑問
・ひな形の扱いに対しての言及
を行いました
つまり、知財は共有されることで効力を発揮する、その際に作家を尊重する姿勢が大切である。また作家の生命は作品によって脅かされるべきではない
すべてではないですが、知財と経済に強い結びつきがあることは良い点もありますが、どうにもものすごく歪な構造のように見えます
いつかのエントリで書いた気もしますが、あまりにも生きることと経済の結びつきが≒(ほぼ同じ)になってしまった弊害だと考えるのです
絵をかいて暮らすことは貧しくはあるかもしれないが、その世界にいる時間は豊かでもあるかもしれない
数学世界を探求することもまた貧しくはあるかもしれないが十分に幸せかもしれない
もちろんそれらを売買することで豊かに暮らしていることも別に悪くない
貧しいことが困難な状況であるという見方もよくなさそうだ
貧しくとも豊かな環境はある
さて、ジャックの主張について解釈を考えます
delete all IP law
あまりにも強力な一文について、「作家はもっと豊かに生きるべきだ」というメッセージを感じたのです
しかしこれを実現するためには経済を破壊する必要はないですが、上位の思考を実行しなければ現代を保持しながらジャックのメッセージを履行することはかないません
そしてそのディティールはもう破綻しているのです
際限なく繰り返される消費者からの要望とクレームの対応、それは重箱の隅をつつくようなくだらない欲求的な非難に対して、何十という大人が何日もかけて対応をする必要に駆られる現実です
もちろん作る方も同じです、どれだけでも小さな不具合も見逃さない消費者に振り回され、捨てられることは分かっているのに無限の時間を溶かしながら作っている
生きることは心をすり減らすことではないはずです
肉体的な疲弊ではなく精神的な消耗はイコールではないです
特に社会がそれを押し付けるのは健全でしょうか?少なくともサステナブルではないし、エコでもないと思います
超消費社会の現代はマネーでは解決できなくなってきているように感じます
これからもまだ自分たちが生き残れるように、こんなに消耗しないために、ジャックはでかい言葉を使ったのだと想像していました
すべての人が幸せであるために、権利ばかりを主張するどうしようもない連中に対しての皮肉だったのではないでしょうか
陰謀論になりますが資本主義の退場の予告が現在進行形で行われているのかもしれません