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3/12の雑記

曇天の水曜日
こんにちわ僕です
 
機会があってゲームのプライベートなサーバーを立てるのを手伝ったことがある
サーバーを立ち上げるだけであればサービスを利用すれば良い
幸いなことに現代ではほとんどワンボタンでプレイ可能なサーバーを公開できる
性格なのかもしれないが、「用途」「使用時間」の企画部分について質問をしてしまう
 
何よりも企画が大事だと考えているだめだ
個室居酒屋で盛大な披露宴は開けない、サッカーのフルコートがあればフットサルの大会はできるが、アリーナでサッカーの大会はできない
不具合も同じように、披露宴がホールで行われる場合火が使えないかもしれない、大きな会場であることで、何組かの披露宴が同時に開催されることになり、確実な動線が引けないかもしれない、受付すら機能しない可能性もある
 
そういった不都合を処理するために、「何をしたいのか」や「何を成したいのか」、「どのぐらい使われるのか」というようなことを事前に質問する
多くの人はこの質問に対して回答してくれない
適当に箱を作って、不具合が出た際に「専門家じゃないので」といって済む範囲の要求なら問題ないが、それすらも不明であるためできれば想定はしておきたい
 
「専門家」になることが現代でとても難しい気がする
必要な知識があまりにも広く深い
ゲームのサーバーをボタンひとつで立ち上げることができるのは、ボタンひとつで成立するように製品ができているからである
不具合がボタンひとつで調査できるわけではない
長い時間運用していけば、スペックが足りなくなることもあるし、ディスク容量がボトルネックになるかもしれない、マイグレーション時に誤った設定が上書きされてクラッシュするかもしれない
不具合が修正できるほどに知識をつけても、同じ製品以外では使うことはできない
横断的な専門家を名乗るために何回分の人生が必要だろう
 
伝える時間を圧縮するために専門用語を使ってしまう
しかしそれでは伝わらない
管理画面のサービス、thisgame.service を参照せよと書かれたsystemdを確認して必要に応じて編集する、サービスが立ち上がっているかはsystemctl status thisgame.serviceで確認するといい
みたいに言われても何もわからないと思う
「管理画面が出ないんです」と言われたら「SSHで接続できます?」と回答するが自分がSSHについてほとんど知らない
 
システムが壊れることはよくある
大抵見える範囲で壊れている
友人同士の喧嘩と同じで「ラーメンの麺の硬さ」や「ゲーム内ビルドの意見の食い違い」など些細なきっかけが多い
でも第三者だとその友人の喧嘩している根本を知ることはできない、歪み合い心ない言葉の応酬の根本が「麺の固さ」によるものだとは想像しないと思う
結局根掘り葉掘り聞いて浅いところに戻ってくる
その際に当事者たちの言葉を集め、齟齬のないように簡単な言葉を選ぼうとする
どうしても足りない表現があることに気がつく
もしくは面倒になって言葉をショートカットしてしまう
 
言葉が通じなくなり「伝えるべきこと」が崩壊し、誤解を生み、あらたなる諍いを生んでしまう
何かを伝えることはとても難しい
 
自分のことを振り返ると、多くの時間その諦めを忘れるようにして生きてきた
理解させることができないことを後ろめたく思うぶんだけ、理解できるものを作るか、分解して物事を小さくする
理解できるまでに整理されたものが欲しい人にはちょうど良いのかもしれないが、僕は人を馬鹿にして生きているような気がして、自分を好意的に受け入れられない
自分を嫌いになるぐらいであれば手を出さないほうが良い気もする
 
いい歳のおじさんであることを自覚する時に必ず「もっと真摯に生きよう、相手をリスペクトするべきだ、信頼をすることだ」そういう言葉と一緒に深呼吸をする
どうすれば達成されるのかはわからないけれど
 
知り合いのプログラマが「クラス名も変数も最近全部日本語で書いてる」ということを話していてどういうことだと思った

class LightSwitch
{
	static void main(string[] args){
		var lightbool = true; 
		Console.writeLine(lightbool); // lightbool == true
	}
}
というようなコードがあった際に日本語を使うと

    class 部屋の明かりをつけるクラス
{
	static void(string[] args)
	{
		var 電灯のスイッチ = true;
		Console.writeLine(電灯のスイッチ); // 電灯のスイッチ == true
	}
}
のような表現するらしい
コードスニペットを使うことで、typoがなく見やすい、という主張だ
たしかに構造だけを見ると日本語部分が記述された部分だとか、何をしたいのかはわかるような気がする
 
ちょうどwarudoを触っていると、ブループリントは6割ほどは日本語になっている
時流としてもあっているのかもしれない

warudoブループリント
ただ個人的にはちょっと受け入れられないなぁという気持ちになった
日本語で表現された部分を自分では担保することができないからだ
保守的で人を見下していることを自覚する
できるだけ真摯に向き合おうとしても、自分が持つ常識から離れることがとても難しい
 
能力の問題である
自分の無知さについて恥ずかしいと思いながら生きている
限界を決めているつもりは全くなく、限界が意識よりもずっと手前にあり、それを自覚できていないだけだ
自覚しているよりも何も知らないことは、友人の喧嘩の根底が「麺の固さ」であることに気がつくことはできなさそうだ
安直だと考えていた表現が存外難しく伝わらない
共通言語を手に入れるまでに長い時間がかかる
しかしどうやらその共通言語を手に入れるまでの長い時間を耐え抜く能力が欠けているようだ
 
雨で白いビル群を眺めながら、傘持ってこなかったなと思っている
 
釈迦さんの配信で言っていた「お互い歩み寄らせるんだよ」が重い
「歩み寄るんじゃなくて、歩み寄らせるんだよ、譲れないことを譲り続けたらストレスになるだろ?歩み寄ってあげたとかになるだろ?だから究極はお互い歩み寄らせるんだよ、恋愛だけじゃなく」
すごいことを言う
本当に釈迦なのかもしれない
出汁をお湯って言うし、麻雀のやり過ぎで指に穴が開く人間が発する言葉だと到底思えない
 
まだもう少しある人生で、どのぐらい若いつもりでいることができるだろう
今年も花見に行けるといいなとは思っている
 
次回はトリリオンゲーム劇場版の話をしたいかもしれない
 



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