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少子化についての観念的議論

20年後には労働人口が1000万人減るというニュースを見たのでひさしぶりに少子化についてなにか書いてみようと思う。

1000万人というと規模的には現在の関西圏で働いている人すべてが消えるという。


原因はもちろん少子化である。少子化の原因は若者の経済的困窮、地縁血縁の希薄化、ステータス主義、晩婚化、趣味の充実、東京一極集中などいろいろなものがあげられる。

どれも問題ではあると思うのだが、こうした具体的な問題の数々よりもっと抽象的な話に目を向けたほうが良いのではないかというのが僕の立場だ。

少子化の議論に関してはいまや具体的な問題が山積しすぎていて抽象的で大きな話は後塵に追いやられてしまった。無理もない。目の前の問題があまりにも多すぎるからだ。しかしながら何故ここまで少子化が進行したのかは大きな話抜きにしては説明がつかないはずである。

その大きな話が合理主義ではないだろうか。合理主義というと古臭い言葉であるけれど、実感としてもみんなすごく合理的になったように感じる。合理的になったというよりも合理的であることにたいして違和感を持たなくなったと書いたほうが正確だろうか。

お金のある人と結婚するのは当たり前、東京のほうが賃金が高いから上京するのは当たり前、ネットで承認欲求を満たすほうが合理的で、飲食店に入る時は評判を確認してハズレがないように、美容室は、歯医者は・・・あるいは、あの人間は・・・となにもかもを合理的に査定する傾向があるのは間違いないように思う。そうした合理性にたいしてアンチテーゼが介在できる場所も少なくなってきている。例えば最近話題の園子温に関しても、あのような行為をして合理性からはみ出た人物は次にどのような映画を撮るのだろうと考えることすら、変な言い方になるが「合理にたいして不敬である」かのような感覚を覚えるのである。


合理主義は日常のサービスであれば単に市場における自由な消費者心理であってさしたる問題はないが、少子化に目を向けた時に、合理的日常を送る僕達が果たして不合理の塊である赤ちゃんを迎えたり、その前段の(性的取引ではない)恋愛ができるのかと言えば、難しいと言わざるを得ないだろう。どのような人生を送るかわからない子どもにたいして合理的に考えれば全責任を取りようがないからだ。

 

そしてもっと大きな話にするとこれは資本主義の自壊とも言える。最近、中野剛志さんの記事を読んでちょうどAmazonで本を注文したところなのだが、100年前にシュンペーターが創造的破壊が続くと資本主義をも破壊するようになると述べているようである。

創造的破壊とは今の言葉でいうところのイノベーションであるが、イノベーションが起きるには長期投資が必要で、長期投資を行うためには30年後のような自分が亡くなった後の世界のことを思案するビジョンが必要であり、そのビジョンを持つには子どもが必要だというのだ。

しかしながら創造的破壊が加速して経済成長が進むと今の社会のように合理主義が蔓延することで子どもの数が減り、長期投資を行うビジョンを持つ人も減る。するとイノベーションも起きなくなって経済成長も止まり、資本主義は労働力や投資による流動性も失われて自壊するというのである。

今の日本の少子化と経済状況にたいしてほとんど予言のような内容になっていて思わず唸ってしまったのだが、しかし振り返るに、たしかにみんな合理的になって資本主義を辞めかけているような気がしないでもない。資本主義が極まった結果として合理的になり、合理的になった結果、経済成長が止まり、資本主義的に生きるのを辞めて半分降りるような人は増えている。FIREとまではいかなくとも仕事はそこそこに、推し活や趣味に時間やお金を使って生きている人は若者を中心に多くなっているし、インターネットがそのように生きるためのコミュニティーも提供してくれていて、資本主義がある意味で二次的なものに成り下がっている感じがある。

 

つまり、矛盾するような話になるが、資本主義が勝利した世界と資本主義が敗北した世界の両方の世界が並列して存在しているのが今の社会なのではないだろうか。

生活・恋愛などの領域では合理主義が浸透して損得勘定やステータスが恋愛などにおいては価値として支配的であり子どもが減っている。一方で合理的に考えてもう資本主義に乗っかるのはもうコスパが悪いというような諦観を持っている人が増えている。

合理主義が浸透すると立場や出自などの違いによって各人の合理性が発散し、分岐することで資本主義が二分されることになる。


問題はどちらも合理主義であるという点は共通しているため、合理主義が浸透している内は子どもは増えないことである。子どもが増えないと全体のパイがシュリンクしていくため、具体的な問題の対処にあたるしかないのだが、そうなると、つまりというかやはりと言うべきか、こうした観念的で抽象的な話をしてもしょうがないという結論に着地する。

 

「創造的破壊」が資本主義を破壊してしまう「逆説」 「イノベーション理論の父」シュンペーター予言 | 国内経済 | 東洋経済オンライン

 




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