おひさしぶりになってしまいました。誰か見てくれてるかな。またちょいちょい書いていきます。
トランプ政権のことについてです。
以下本文
トランプ政権の保護貿易で関税がころころ変わり株価が乱高下している。
巷では世界恐慌になるのではないかと分析されていたり大変な状況になっている。
一般的に保護貿易はアメリカ自身の首を絞めることになると言われているが、おそらくアメリカがやろうとしていることは保護ではなく「巻き戻し」なのであろう。
これまでの資本主義はグローバリズムという観点から見ると基本的には一直線に進んできた。
エネルギーや技術を相互に提供しあい、比較優位の原則に従って各国が協力しあうというものだ。
GATTから始まりWTO、TPP、FTAを組織して貿易を促進することはもちろんNGOが途上国の支援をしたり、貿易協定によって開かれた市場で先進国が途上国技術提供を行って産業開発を進めてきた。エネルギーが提供できる国はエネルギーを、技術が提供できる国は技術を、労働力が提供できる国は労働力を。歪みはあるにせよ全体としてみればグローバリズムは世界を豊かにしてきたことは間違いない。基本姿勢として資本主義はグローバリズムのもとで新しい市場を開拓して豊かになっていくのが一応の建付けではあったはずなのだ。
その影響で雇用が海外に奪われてアメリカのラストベルトの労働者達が困難を抱えることになった。それがトランプ政権誕生の礎になったと言われており、トランプとヴァンスはそのような人々の声を代弁する形で保護貿易に乗り出したのが今の状況なのであろう。
トランプが最初に出てきた時から言われていることであるが、ラストベルトの白人労働者から見た時に「グローバリズムは私達の生活を豊かになどしなかった」というのが最も根本的な問題になっている。かつてアメリカが栄華を極めラストベルトで鉄鋼業が盛んだった時代にはそこで働く労働者は広大な土地に大きな家を構え、家族と暮らし、休日には手に余るほど広い庭の手入れに勤しみ、バーニーズマウンテンドッグやセントバーナードと散歩に行き、ビール片手にNFLやMLBを見ていた。そのような情景はアメリカ映画を見ているだけでも充分に伝わってくる。古き良きアメリカの記憶がラストベルトの人にはまだあり、その郷愁をもってしてグローバルでリベラルな国際秩序はもう要らないと、そのような方向、つまり時代の巻き戻しへと舵を切ったのが今のアメリカなのであろう。
もちろん実際に巻き戻せるかどうかははなはだ疑わしいところがある。保護貿易を行ってラストベルトがかつてのような状態に戻るかは、推測に過ぎないが、おそらく無理である。消費者は安価な製品を求める。その需要に答えるために企業は競争力を高めることを必要とされ労働力が安い海外に拠点を移す。「底辺への競争」はもう止めようがない。
そのような現実的な話がまだ生きていたのが前トランプ政権で、現実論を超越してとにかくやるんだというのが今のトランプ政権のように見える。
客観的に見ればおかしなことばかりしているトランプ政権であるが、しかしこのようなラストベルトの記憶にもとづいたトランプ現象はどこか羨ましく見えるところがあるのだ。
というのも日本においてそのような「記憶」がはたしてあるのかと思ってしまったからである。
客観性や現実論を吹き飛ばしてまで恋い焦がれるアメリカの記憶にある古き良きアメリカのライフスタイル、それに匹敵するだけの原風景を日本人は持っていない。
昭和や平成のライフスタイルは趣味として消費されるに留まり、みな故郷を離れ東京に出ていき、瓦屋根の平屋を建てる人などもうどこにもおらず、商店街が潰れても一時の郷愁に暮れるだけで政治的な動きにはならず「時代」という言葉でわかった顔をする。
それに比べるとアメリカの妄執的とも言える古き良きもの、実存への希求はとても美しいものに見えるのである。
どちらが良いかという話ではない。日本はもともとそういう「柔らかい国」であるというだけの話かもしれない。ただ単純にトランプ現象を支えている価値観はいかにそれが間違っていようとも実存的であるという一点、ただそれだけを取り出してみればどこか羨ましいものに映るのである。