11月29日は,敬愛するジャン=マルタン・シャルコー先生(Jean-Martin Charcot,1825–1893)の誕生日です.彼の生誕200年を迎えた今年は,世界各地で記念のシンポジウムや展示会が開催されました.Lancet Neurology誌 に掲載されたChristopher G Goetz教授の小論文でも,シャルコー自身が好んで用いた「Si je ne me trompe pas(もし私が間違っていなければ)」という言葉を手がかりに,現代の神経学においても揺るがない彼らの3つの柱が紹介されています.
第1の柱は,解剖学と臨床を結びつけた方法論です.シャルコーはサルペトリエール病院に集まる多くの患者を「生きた病理博物館」と呼び,詳細な診察記録を重ね,死後の剖検所見と比較することで,臨床症候と神経病理を精密に結びつけました.パーキンソン病における動作緩慢やALSにおける上下位運動ニューロン徴候など,今日の教科書に記される基本概念の多くはここから生まれています.この「臨床と病理を行き来する」姿勢は,いま私たちが行っているトランスレーショナルリサーチの原点といえます.

第2の柱は,他分野からの知的刺激を積極的に取り込むという考え方です.シャルコーは写真技術を医学教育に活かし,美術学校の画家や彫刻家を招いて臨床所見の視覚化を進めました.歩行解析,電気生理学,新しい計測技術など,当時としては革新的な手法を次々に導入し,サルペトリエールを総合的な神経科学研究の中心へと押し上げました.彼が語った「医学は自律して存在するのではなく,他から着想を借り続けなければ停滞する」という考えは,現代の学祭的な連携や技術統合の在り方と見事に響き合います.
第3の柱は,遺伝素因に対する洞察です.メンデル遺伝学が確立される以前にもかかわらず,シャルコーは神経疾患の背景に「家族的な脆弱性」が存在すると考え,一つの遺伝素因がさまざまな症状として現れる可能性を示しました.彼が思い描いた「一つの遺伝的基盤から多様な表現型が生じる」という考え方は,21世紀の遺伝学やエピジェネティクス研究において重要なものになっています.
論文の最後でGoetz教授は,シャルコーの遺した数多くの言葉の中から,現代の脳神経内科医に必要な一節を紹介しています.1887年,彼は学生たちに向けてこう語りました.「When a patient calls on you, he is under no obligation to have a simple disease just to please you.(患者は,あなたのために簡単な病気で来てくれる義務などない.)」という言葉です.この一文には,複雑で理解しがたい症例と向き合う脳神経内科医にとって重く響きます.当然ですが,患者さんは医師のために簡単な病気を選んで来るわけではありません.だからこそ医師は慢心を捨て,地道な観察と探求を続け,今日の限界を認めつつも,明日の診断や治療がより良いものになるよう不断に学び続けなければならないのだと思います.200年を経てもなお,彼の言葉と精神は私たち脳神経内科医を照らし続けています.
Goetz CG. Si je ne me trompe pas: Charcot's neurological legacy in the 21st century. Lancet Neurol. 2025 Dec;24(12):1000-1001. doi.org/10.1016/S1474-4422(25)00399-0.
