2024年3月に「アルツハイマー病脳の血管で生じている変化を初めて見て驚く!」というブログを書きました.アミロイドβが沈着した脳血管では血管平滑筋細胞が失われ,その結果,血管の硬化,狭窄と血管腔拡張・動脈瘤化,Aβリングの崩壊と破片の拡散,破裂が生じていました(図1).
Ventura-Antunes L, et al. Arteriolar degeneration and stiffness in cerebral amyloid angiopathy are linked to Aβ deposition and lysyl oxidase. Alzheimers Dement. 2025 Jun;21(6):e70254. doi.org/10.1002/alz.70254.
この論文を読んで思ったことの1番目は,アルツハイマー病(AD)では想像以上に,血管性認知症の要素があるかもしれないということ,2番目はこのような状態の血管にAβ抗体(レカネマブ・ドナネマブ)を使用して病理学的に何が生ずるか非常に気になるということです.最近,報告された3つの論文はこれらの疑問に対し,非常に重要な示唆を与えるものです.
◆1.ADでは血液脳関門の破綻が認知機能低下を加速する
血液脳関門(BBB)の脆弱性が認知機能にどのような影響を与えるかを,脳脊髄液中のsPDGFRβを指標として検討したものです.sPDGFRβはBBBの要である周皮細胞(ペリサイト)が障害を受けた際に上昇するマーカーであり,BBBの破綻を鋭敏に反映します.認知症のない高齢者83名を5年間追跡し,BBB障害とADバイオマーカー,そして認知機能の変化を詳細に調べました.興味深いことに,sPDGFRβが高い人は,観察開始時には注意機能や実行機能が比較的保たれていたものの,経時的には認知機能の低下がより急速に進行しました.特にアミロイド陽性者やAPOE ε4保有者ではその傾向が顕著であり(図2),BBBの脆弱性がAD病理と相互作用して認知症への進展を加速する可能性が強く示唆されました.
Edwards L, et al. Interactive effects of blood–brain barrier breakdown and Alzheimer’s disease biomarkers on cognitive trajectories. Alzheimer’s & Dementia. 2025. https://alz-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/alz.70910?af=R
◆2.死後脳が示す「低灌流 → 血管反応 → BBB破綻」という連鎖
AD患者の剖検脳を用いて血管病理の進行を詳細に解析したものです.白質の慢性的な低灌流を示すMAG(Myelin-Associated Glycoprotein):PLP1(Proteolipid Protein 1)比は,ADの比較的初期であるBraak III–IVの段階からすでに低下しており,脳が長期にわたって虚血にさらされていたことを示しています(PLP1は強い虚血でも保たれるのに対し,MAGは軽度の虚血でも低下します;図3).さらに,脳が虚血にさらされているにも関わらず血管収縮因子であるエンドセリン-1が分泌されて一層,虚血が進んだり,血管新生因子VEGF-Aが過剰分泌されて異常で質の悪い血管が形成されていることが明らかになりました.ペリサイトマーカーであるPDGFRβは初期ADから発現低下しており,BBBを維持する力が弱まっていることを示しています.BBB破綻の指標であるフィブリノーゲンの漏出は後期ADで顕著になっており,早期の低灌流と血管反応の異常,ペリサイト障害が積み重なり,最終的にBBB破綻へと至る段階的な血管病態が推測されます.以上より,ADでは早期から神経変性のみならず,脳血管の異常が進行していることが分かります.
Asby DJ, et al. Post-mortem evidence of pathogenic angiogenesis and abnormal vascular function in early Alzheimer’s disease. Brain. 2025 Oct 22:awaf394. doi.org/10.1093/brain/awaf394.
◆3. 中年期の血小板凝集能がすでにAβ・タウ蓄積と結びついている
平均56歳の一般住民382人を対象に血小板凝集能を評価し,アミロイドPET,タウPET,MRI所見と照合しています.その結果,血小板の凝集反応が低い三分位(T1)に属する参加者では,凝集能が高いほど脳内アミロイド沈着およびタウ蓄積がいずれも大きいことが明らかになりました(図4).一方,中間の三分位(T2)では,アミロイド蓄積とは関連が認められたものの,タウ蓄積との関連は認められませんでした.MRI解析でも,血小板凝集能が高いほど,ADに特徴的な皮質萎縮パターンがより強いという関連が示されました.これらの結果は,中年期における血小板の反応特性(凝集の強さ・速さ・閾値・飽和度)が,すでに神経変性の極めて早期の変化と結びついている可能性を示唆します.血小板はアミロイドβの主要な供給源の一つであり,血管内皮障害や炎症反応の誘導にも関与することが知られています.したがって,本研究の所見は,アルツハイマー病の背景に血小板を含む血管系の慢性炎症や凝固異常が潜在的に存在するという「血管病態仮説」を強く支持するものといえます.
Ramos-Cejudo J, et al. Association of Platelet Aggregation With Markers of Alzheimer Disease Pathology in Middle-Aged Participants of the Framingham Heart Study. Neurology. 2025 Nov 25;105(10):e214314. doi.org/10.1212/WNL.0000000000214314.
◆抗アミロイドβ抗体療法はAD患者の脳血管にどのような影響をもつのか?
これら3つの研究を総合すると,ADの脳ではすでに血管代償機構が限界に近い状態にあり,慢性的な低灌流,血管収縮反応の過剰化,異常な血管新生,そしてペリサイト障害といった複数の血管病態が重層的に進行していることが明らかになります.このような状況下で抗アミロイドβ抗体療法を行う際には,アミロイド除去が脳血管にもたらす影響を慎重に考慮する必要があります.もちろん,血管構造と血流が比較的保たれている初期の患者では,抗アミロイドβ抗体の効果が血管系への負荷を上回る可能性があり,治療価値そのものを否定するものではありません.しかし,上記の血管病態が顕著な患者においては,BBBの脆弱性がすでに存在するため,急速なアミロイド除去によって血管壁にさらなるストレスがかかり,ARIA-EやARIA-Hといった副作用が生じやすくなることは十分に理解できます.加えて,血小板凝集亢進を示す患者では,もともとの炎症・凝固亢進を背景に,抗体治療によるアミロイドクリアランスの過程で局所炎症反応が増幅され,血管損傷のリスクがさらに高まる可能性があります.さらに慢性的な低灌流状態にある脳では血管の代償能力が低いため,アミロイド除去に伴う急性の血管ストレスに耐えられず,脳血管由来の認知機能低下へとつながる懸念も否定できません.
以上を踏まえると,抗アミロイドβ抗体療法は,血管病変の強い患者では十分な効果を発揮しにくいだけでなく,場合によっては認知機能悪化につながる可能性すらあると考えられます.治療対象の選別においては,神経病理だけでなく脳血管の状態を評価し,血管の脆弱性を正しく見極めることが今後ますます重要になると思われます.