岐阜大学では神経症候学を年間20数回の講義シリーズとして行っています.一昨日,その7回目の「手足の徴候その1」のなかで,「ミエロパチーハンド(myelopathy hand;頸髄症に伴う手の症候)」を解説しました.これは尺側から始まる「指離れ現象(finger escape sign;FES)」と,緩徐な指の握り・開きを特徴とする症候です.具体的には,患者に両腕を前方に伸ばして手のひらを下に向け,指を開いて保持するよう指示すると,麻痺側の小指(時に環指)が軽度に外転し,薬指との間に明瞭な空隙ができるという所見です.
解説をしたあと,木村暁夫先生から「小指のみが外転する第5指徴候とFESは同じ徴候なのか?」という質問があり,原著を読んだことがないため,きちんと即答できず宿題にさせてもらいました.調べてみるとなかなか奥が深いことが分かりました.なんと小指のこの所見を初めて指摘したのは,Wartenberg反射で知られ,米国神経学会の設立に大きく貢献したRobert Wartenbergでした.以下,類似する3つの所見をまとめます.
1.Wartenberg徴候(尺骨神経麻痺に伴う第5指外転)
Wartenbergは1939年のJAMA誌に,小指の外転位(つまり第5指の逃避)を初めて記載し,特に尺骨神経麻痺で観察される所見として紹介しました. Wartenbergは症候名に人名をつけること(エポニム)を嫌ったことで知られていますが,皮肉なことに彼の死後,この所見はWartenberg徴候と呼ばれています.尺骨神経麻痺により,小指の内転を担う掌側骨間筋や小指内転筋が麻痺し,橈骨神経支配の小指伸筋などの作用が無拮抗となることで,小指が外転位をとるのがWartenberg徴候の機序です.

2.第5指徴候(digiti quinti sign)
「第5指徴候」という用語が初めて使用されたのは,ミネソタ大学のMilton Alterによる1973年の論文「The digiti quinti sign of mild hemiparesis(軽度片麻痺における第5指徴候)」のようです.ごく軽度の片麻痺の診断に有用な新たな所見として報告されました.第5指は皮質運動野での運動表象(motor homunculus)が比較的小さく,随意運動の制御が他の指に比べて脆弱であるため,錐体路のごく軽度の障害でも,外転という形で異常が現れやすいと考えられています.

3.指離れ現象(finger escape sign)
総説を読むと初めて記載したのは1977年,本邦の整形外科医の小野啓郎のようです.内在筋(特に小指外転筋や虫様筋)を支配する下位運動ニューロンの障害や,錐体路障害による手指の巧緻運動障害により生じるとされます.特にC8〜Th1の支配領域の障害を示唆します.
類似する所見でも原著までたどると所見の意味は異なることが分かりました.原著を読むことの大切さを改めて実感しました.
おまけ;Robert Wartenbergは私がCharcotや三浦謹之助と並んで関心を持っている神経学者です.最近,その輝かしい業績と,神経学における最大の倫理的問題の一つ「ハレルフォルデン事件」をまとめた内容をBrain Nerve誌に投稿しました.またの機会にご紹介したいと思います.
Wartenberg R. A sign of ulnar palsy. JAMA 1939;112;(17):1688.
Alter M. The digiti quinti sign of mild hemiparesis. Neurology. 1973 May;23(5):503-5.
岩崎幹季ら.ミエロパチーハンド.脊椎脊髄2023;36:900-905.
