今回の日本神経学会学術大会@福岡の新しい企画の一つに,「私シリーズ」というものがあり,6人の著名な研究者が自ら生涯をかけた研究について語るというものであった.
私は,三本博教授(コロンビア大学病院ALSセンター)の「私とALS:ALSとの取り組み35年」というご講演を拝聴した.座長の福永秀敏先生が,『三本先生はこの業界では世界のイチローに並ぶような先生』とご紹介されておられたが,その通りの先生である.
三本先生は1979年にタフト大学でALSのリサーチ・フェローを始めた時,主任のBradley教授からWobblerマウスの病理所見を研究するよう課題を与えられた.このWobblerマウスはSOD1変異マウスが作成されるまで,ALSのモデル動物として使用されたものである.2年間,その病理電顕に取り組みながら,人間のALSと対比して,運動ニューロン疾患を考えたそうだ.そして1983年にクリーブランドクリニックにてALSのチームクリニックを設立し,ALSだけで年間250例の新患をご覧になって,患者さんの診療に力を入れながら,マウスの運動ニューロン病モデルの軸索輸送等の研究を行われた.そして現在まで,20を超えるALSの大規模臨床試験に参加されたが,残念ながらリルゾール以外まったく効果はなかった.その三本先生の学会発表の抄録の最後の言葉はとても印象的であった.
今日までALSという「大横綱」との「取り組み」では,一瞬のうちに負かされる黒星の連続であったが,多くの研究者が一体となって当たれば「行司の軍配」が我々に挙げられる日が近い将来必ず来ると信じつつ,現在も現役で患者治療と臨床研究にあたっている.
また三本先生の言葉にはいろいろ考えさせられた.まず「自分はマウスのドクターではなくて人間のドクターだ」とおっしゃっていた.「何とか人間をやらなくてはならない,患者さんのためになるようなことをしなければならない.どう臨床試験の方法を改善すればよいのか考えねばならない」
そして原因究明のアプローチについても言及されていた.「いろいろな病態仮説がでてきたが,どれが良いのか分からない.バイオマーカーを色々調べたが,残念ながら,一番良いのは今なお,打鍵器だ.原因を明らかにする研究を,動物だけではなく,人間に対する研究として行う必要がある.難しいかもしれないが,どのような人間の臨床研究から原因究明ができるか考えねばならない」
そして最後にこうおっしゃっていた.「患者さんの症候改善のための治療研究も進めたい.生存期間が伸びなくても病気による苦痛が減ればQOLは変えられる.医師だけではなくALSはチームを作って取り組むべき疾患である」
私も動物モデルを脳梗塞治療薬の開発に関わっているが,たくさんの臨床試験,動物実験に関わってこられた三本先生の言葉は非常に含蓄に富むものに感じられた.ご助言をきちんと受け止めて,研究のあり方について改めて考えてみたい.
追記;三本先生の留学35年のご経験は,つぎのPDFで読むことができる.
アメリカ35年、インターンからアミトロ(ALS)へ
講演のなかでも触れておられたが,「日本の医療制度,患者治療体制,とくに日本のALS患者治療などはアメリカよりはるかに優れており,日本は自国の良さを更に大いに延ばしてほしい」と書かれてある.日本も財政的に厳しい時代に突入し,難病医療も変わるが,それでも日本の医療の良さを堅持し,延ばす努力が必要だろう.
コロンビア大学ALSセンター