首下がり(dropped head syndrome)は首が前方に屈曲しているものの,胸・腰椎に異常な屈曲を認めない状態を指す.この原因としては,最初に原因疾患として記載された非炎症性の頸部伸筋ミオパチーのほか,顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー,多発筋炎といった筋疾患,重症筋無力症,多系統萎縮症,ALS等が知られている.ALSについては有名ではあるもののインドからのケースシリーズ(JNNP 74:683-686, 2003)以外には症例報告が少数あるのみで,その臨床的特徴については十分には分かっていない.
今回,新潟大学ではALSにおいて首下がりを呈した症例の臨床像について後方視的な検討を行った.これは首下がりを主徴としたALS症例で,日常生活動作(ADL)の制限が目立った症例を担当したことがきっかけであった.
対象は2003年から2010年までの間に入院し,改訂El Escorial 基準でdefiniteないしprobable ALSと診断された症例のうち,首下がりを呈した症例とした.首下がりの定義は,頸部伸筋の筋力低下のため,立位時・臥位時に重力に抗して首を持ちあげられない状態となり,視野制限のためADL制限を認める状態とした.研究の目的はALS症例における首下がりの頻度を求め,さらに首下がりがもたらす影響を確認することである.また首下がりを呈した症例の発症年齢,初発症状,頸部伸筋以外の筋力低下の分布,神経所見,電気生理学的所見,生存期間も診療録を用いて後方視的に調査した.
さて結果であるが105名のALS患者さん(男性65名,女性40名)が期間中に入院し,全例が孤発例であった.うち3名が首下がりを呈し,その頻度は2.9%であった.ALS自体の発症年齢は入院した順に56,63,53歳で,初発症状は球麻痺症状が2名,上肢筋力低下が1名であった.一方,下肢に筋力低下が目立つ症例において首下がりは認めなかった.首下がりの出現はALS発症から,それぞれ14,4,26ヶ月後とさまざまであった.いずれの症例でも下肢の筋力低下は保たれる傾向にあり,上肢筋力低下や球麻痺が顕著になった進行期においても歩行は可能であった.全例で上位運動ニューロン徴候を認めた.針筋電図検査ではいずれも症例も球筋,上下肢を含む神経原性変化を認めた.首下がりの影響は2点あり,①頸部の不快感・痛みと②ADL制限,とくに食事や着衣が不自由であることであった.いずれも頸部カラーを使用し姿勢を改善することで軽減した.生存期間は順に28,26,69ヶ月であった.剖検が2名で行われ,通常のALSと異なる変化は認めなかったが,舌下神経核や胸髄レベルの脊髄前角における神経変性が高度であった.逆に腰髄レベルの変化は軽度で,臨床表現型に対応していた.
インドからの既報はEl Escorial基準による診断が行われていないため単純に比較しにくいが,首下がりの頻度は1.3%(9/683)であり,それと比較すると今回の検討は約2倍頻度が高いことになる.つまりALSにおける首下がりは稀ながら存在することが確認され,ALSは首下がりの鑑別診断として考慮すべきと考えられた.またALSにおける首下がりは,頚部痛や,歩行,食事,着衣といったADLに制限を及ぼすこと,頸部カラーは対策として有効であることも確認できた.また首下がりを伴う3例のALSは臨床病理学的に似ており,このような臨床バリアントが存在する可能性が示唆された.つまり上肢や球筋の筋力低下・筋萎縮が目立ち,首や上肢は下垂しつつも,下肢筋力は保たれ歩行可能という症例である.このような特徴的な筋力低下の分布が,近年話題になっている運動神経変性の局在と進展様式(Neurology 73:805-811, 2009)によって説明がつくのか興味がもたれる.
Amyotrophic Lateral Sclerosis 2012, early online.