以下の内容はhttps://piroriblog.hatenablog.com/entry/2025/07/20/213603より取得しました。


ケースが作りたくてキーボードを設計した話

はじめに

やりたくなって分割オーソリニアのキーボードを設計してみました。
外観、見せかけ、といった意味のある"semblance"という英単語と、片手分で30キー分の入力が可能なことから、そのキー数とを合わせて、「semblance30」という名称にしています。

semblance30の現状のビルド

keycap: MT3 Operator
keyswitch: Keygeek Cyan, WS BigLucky Switch / Clicky, Kailh BOX Switch V2 White

もちろん2つ合わせて使うことを想定していますが、30の方が語感的に読みやすいなと思ったので、60ではなく30の方を採用しました。
また、片手分でもそれっぽい見た目にすることを目指したので、1個分のキー数の名前でもいいんじゃないか、という思いもあります。
何故そのような単語をチョイスしたかというのは後段で記載します。

以下、このキーボードについて説明していきます。

なぜ設計しようと思ったか?

金属のCNC加工を行ってくれる業者の一つにJLCCNCがあります。
jlccnc.com

こちらの業者で、比較的最近、鉄とステンレスの取り扱いが始まったという話を聞きました。
キーボードのケースには、素材の安さ、加工性、アルマイト染色による加飾性から、アルミが使われる場合が多いといえます。ここで、アルミでいわゆる白アルマイト*1を行った場合には、比較的明るい色に仕上がります。
一方で、ステンレスの素地の色は、アルミの素地の色、白アルマイトの色と比較すると、かなり落ち着いた色調です。なお、ステンレスは、耐食性に優れる点も相まって、外装部材、キッチンのシンク・天板、エレベータの内装等にもよく使われる素材です。
ステンレスに対してビーズブラスト仕上げを行うと、比較的ちょうどよい色調になると考えています。おそらくですが、山手線の一部車両の手すりはステンレスのビーズブラストであると思われます*2

要するに、ステンレスにビーズブラストをかけたケースが作りたかったんです。特に何か新しいキーボードが欲しかったわけではないのです。

しかし、当初の目論見は外れ、最終的にはアルミ+白アルマイトになりました。
何があったかというと、形状がやや複雑で加工ができない、と断られました。アルミはアルミできれいなので、これはこれでかなり満足していますが、形状を工夫するなどしていつかリベンジはしたいです。

ということで以下では、せっかくステンレスで作るならと思って盛り込んだ特徴を書いていこうと思います。

やりたかったこと

4×7オーソリニア配列とロータリーエンコーダ

基本は4×7のオーソリニア配列です。
左右対称になるように、下段の真ん中の列にロータリーエンコーダを置きました。
最初は、親指側のみ2u等の異なるサイズのキーを置くように設計しようともしていましたが、左右対称でなくなり、美しくなかったので、全部1uのデザインに落ち着きました。

ところで、先ほどの写真をよく見ると、実はおかしな点があります。

上面図をよく見てください

QAZの列が一段下がっているのです。これは間違えたのではなく、実際にこのキーアサインになっています。
これは私の手の大きさや、打鍵の癖が影響しているのだと思いますが、きちんと格子状に並んだ状態とすると、最も内側の最下段のキーが親指で押せない、という状態になってしまうためです。
どうなるかというと、こうなります。

通常の並びにしてしまうと親指キーが押せない図

私の場合には、小指側のキーを一段下げることで、手全体の角度がキーボードに対して斜めになり、親指を普通に打ち下ろすとそこにキーがある、という状態にできます。
ということで、オーソリニア配列ではあるのですが、実際に全く通常の配列で使うことを本人は想定しておらず、「見せかけのオーソリニア配列」である、ということで、"semblance"という単語をチョイスした理由の一つでした。

O-リングマウント

過去に様々なマウント方式のキーボードを設計してきました。
例えば、サンドイッチマウント(Editor50*3等)、ガスケットマウント(CygSUS*4等)、リーフスプリングマウント(Paren48*5等)、ハーフガスケットマウント(Tochka52*6等)です。
ここで、過去試したことがなかったマウント方式の一つに、O-リングマウントがあります。
構造としては、スイッチプレートとPCBの間に配置したO-リングによって全体を支える、という構造です。
参考:
scrapbox.io

このマウント方式ですが、音の調整としては面白そうな構造であること自体はよく理解していたのですが、O-リングの調達に難があるということで結局試したことがありませんでした。
ここで、それならO-リングをゴム紐から作ってしまえば良いのではと思い、試してみました。
何をやろうとしたかというと、ゴムチューブに細いゴム糸を通し、それを巻きつければ長さが可変でいいよね、という発想です。

PCBとスイッチプレートのアッセンブリ
O-リングを支えるための出っ張り

察しがいい方はお気づきかもしれませんが、先ほどの方式ではゴムチューブに切り込みがあるため、伸ばすと一部分に切れ目が発生してしまいます。
また、その部分がめくりあがりやすく、ケースに押し込むときに溝に収まってくれないという問題が発生しました。

ということで、結局ゴムチューブを結んで輪にする、という非常に原始的な方法に落ち着きました。
元々、多少の結び目は逃がせるようにプレート側に切り欠きを入れていたので、結び目はその部分に収まるような恰好になり、一応大丈夫そうです。
意外と40%サイズくらいの大きさ(直径100 mm程度等)のO-リングは存在しているようなので、そちらを調達しようかなとは思っています。

ところで、O-リングとして半透明のシリコーンチューブを用いたので、底面で反射したアンダーグローの光がちょっと光がちょっと透過していい感じになりました。

このキーボード実はちょっと光ります

激厚アルミプレート

スイッチプレートによって打鍵音が左右される、というのはよくある話ですが、限界まで厚くしてみよう、というのは意外と見かけません。
そこで、本当にほぼ限界まで厚くしてみました。

アルミ削り出しのケースとスイッチプレート

どうしたかというと、PCBとスイッチプレートの間に挟む紙を除いた4.7 mmに加え、スイッチがはまる面からさらに1 mm飛び出るようにしています。スイッチが若干プレートに埋まっているのがお分かりいただけるでしょうか。

スイッチ装着前
スイッチ装着後

このような構造を一発で削り出せば、溝をどう作るか等をあまり悩まなくてもいいなと思ったのもあってこの構造を採用してみました。
かなりがっちりとスイッチが固定されるので、安定感はすごいです。

カスタムキーボード然とした見た目のケース

元々、素材の雰囲気で魅せるケースにしたかったので、形状などはなるべくシンプルにしようと思っていました。
そこで、いろいろなカスタムキーボードのケースを参考にしつつ、このようなデザインに落ち着きました。
若干のレトロ感を出しつつ、見た目が野暮ったくならないようにできたのではないかと自負しています。
また、片手側を単体で見た際にも、それ一つがカスタムキーボードのような存在感が出るようにできたのかなとも思っています。このように、カスタムキーボードっぽい見た目を目指したケースにした、というのが"semblance"という単語をチョイスしたもう一つの理由です。

特に気に入っているのはサイドからの見た目です。

サイドプロファイルには性癖が宿る

最初は、何も段差をつけないtofu*7ライクなデザインにしようかなと思っていました。
チルト角はややきつめにしたかったので8°ですが、このチルト角にすると、置いたときの奥側がなんか飛び出ているように見受けられ、うまく緩和する方法がないかと色々やっていた結果、このような形に落ち着きました。
得られた知見として、底面側を斜めに切りっぱなしにするのではなく、ケース天面と平行な面でカットするようにすると、なんか飛び出ている感が緩和されやすい、という点です*8

また、コネクタ部分も結構紆余曲折がありました。
分割キーボードであるため、コネクタは最低でも2つ必要なわけですが、シンプルに、かつ、切削可能な形状で、見た目もそれっぽい、というのが意外と難しく、かなりのバージョンのモデルを用意して見比べました。

コネクタ部分

サイドプロファイルの要請で一段削るような構造にすると、基本的には背面も削ることになるわけで、そうしたときにどうするとバランスがとれるのかという点にかなり苦労しました。
最終的には、側面と背面の削り量を内側に向かって2.5 mmとし、コネクタが刺さる面はそこからさらに3.5 mmへこんでいる、という構造になりました。

また、上から見た際の、キーキャップを装着した際見た目のバランスもかなり難しいポイントでした。
ベゼルを細くするとスタイリッシュに見えるわけですが、4×7の40%サイズでそれをやってしまうと、存在感がやや薄れてしまいます。一方で、ベゼルを太くすると重厚感・レトロ感が出てきますが、これをやりすぎると野暮ったい雰囲気にもなってしまいます。
これについてかなり色々検討しましたが、あくまで私の主観ではありますが、キーキャップの天面の広さの半分くらい(約7 mmくらい)が、スタイリッシュに見えるか、重厚感が出てくるかの閾値になっているようにも思いました。
今回は、非常に悩んだ結果、基本的には天面がほぼ正方形のキーキャップをつけることが多いだろうと考え、ベゼルの太さは上下左右とも7 mmちょうどにしました。
なお、Cherryプロファイルのように天面が縦長のキーキャップをつける際には、横のベゼルが狭く、縦のベゼルが太い方がちょうどよくなるようにも思います。

また、ネジが外観からは全くない構造にしています。表から見た際には、キースイッチの間にもネジは存在しません。
スイッチプレートとPCBはネジで固定していますが、激厚スイッチプレートに直接タップを切っているため、ネジが全く見えない状態になっています。

左右対称の構造

あとで加工費の話も出てきますが、3Dモデルとして左右対称である(対称面が1つある)ことにはこだわりました。
メイン基板も左右共用です。
ドーターボードにおいてマイコンを取り付ける位置によって左右が入れ替わるようにしています。ドーターボードとメイン基板の接続は、FFCとしました。余談ですが、0.5 mmピッチのコネクタのはんだ付けのコツがようやく分かってきました(2敗くらいしました)。
基板は見たことがなかったという非常に適当な理由で赤レジストを試してみました。ビルドすると全く見えませんがド派手でよいです*9

メイン基板
ドーターボードをケースに取り付ける図

なお、左右通信はUSB Type-Cケーブルで行うようにしています。
ケーブルを差し間違えると電気的にあまりよくないのですが、私しか使わないからいいか、ということにしています。

でもお高いんでしょう……?

あまり値段の話をすることはなかったのですが、今回はそこまで高くありません。
意外とパーツ点数が少ないことがかなり効いています。
具体的な額は一応伏せますが、ケースとスイッチプレート(2つずつ)の発注額の合計は明らかに35,000円未満です。
また、基板の発注額は3,500円未満です。

失敗しないことが大前提ですが、意外と現実的な値段でアルミケースが作れるので、軽率に試してみてほしい気持ちはあります。
60 %でケースだけ、1ピース構造という条件であれば、送料込みで25,000円くらいに収まるんじゃないかなと思います。

感想

かなり見た目重視で作っているところはありますが、QAZ列が一段ずれている点なども含めて、意外と普通に使えています。
8°のチルト角にすると良さそう、というのは、オーソリニア配列の他のキーボードで実証していた点であったため、狙い通りといえます。意外とパームレストなしで使っても何とかなります。

打鍵感については、O-リングマウントは意外と硬めになるんだなあと思っています。ただし、衝撃自体は吸収されている感じがあるので、指に直接跳ね返ってくるような硬さではなく、キーの位置がほとんど動かない、という意味の硬さを感じます。
ガスケットマウント等で沈み込むこと自体は、打鍵時の一瞬の衝撃の吸収に寄与しているかというとやや懐疑的な部分もあるため、最低限の目的を果たすという観点では、これでいいんだろうなと思ったりもします。

打鍵音については、あまりに色々な要素を一度にいじりすぎている感はありますが、比較的高音がそのまま残りやすい雰囲気があります。コトコトとカチカチの間くらいの音、といった具合です。
なお、ケース自体が鳴っている印象はほとんど受けません。ケース自体はウェイトも特に仕込んでおらず、かなり音が鳴りやすい構造ではあるのですが、O-リングによって音が遮断されているんだろうなと思います。

また、押し間違いが結構発生しそうな予感があったため、キースイッチにクリッキーも混ぜています。最近BigLucky Switch / Clickyを購入してみたのでこれを使っているのですが、これが非常にうるさくてよい(誉め言葉)ので、皆さんもぜひ試してみてほしいです。
WS BigLucky Switch / Clickyshop.yushakobo.jp
今までのKailh製のクリッキーよりも澄んだクリッキー音が鳴ります。
このシリーズでリニアとタクタイルも同時に出ていますが、軸ブレのなさと押下時の引っ掛かりのなさが高次元で両立されているように感じられましたので、こちらも個人的におすすめです。

おわりに

ステンレスではなくなってしまいましたが、見た目としてかなり好みのキーボードができたので満足しています。
また、最近Operator(キーキャップ)を使えていなかったので、これがぴったり合うキーボードができて良かったです。

さて、40 %の分割キーボードが手元に5台くらいはあるんですが、私はどう使い分ける気なんですかね……?

この記事はsemblance30で書きました。

*1:陽極酸化後に染料を入れないアルマイト

*2:news.mynavi.jp

*3:piroriblog.hatenablog.com

*4:piroriblog.hatenablog.com

*5:piroriblog.hatenablog.com

*6:piroriblog.hatenablog.com

*7:Tofu60 Redux Case – KBDfans® Mechanical Keyboards Store

*8:結果的にBrutal V2(Brutal V2 65% Keyboard – CannonKeys)やKeycult No.2(No. 2/TKL Raw)と若干似た形状になったのですが、確かにこんな感じのデザインに収斂するんだなと思いました。

*9:これまた見えませんが、メイン基板に入れているキーボード名のフォントも結構気に入っています。




以上の内容はhttps://piroriblog.hatenablog.com/entry/2025/07/20/213603より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14