3月18日に、『書きたいことがない人のための日記入門』という本を星海社新書から刊行しました。新書は今まで出したことがなくて、新書好きなのでうれしいです。
日記って、もっとも身近で手軽な創作だと思うんですよね。書きたいことはないけど何かを書いてみたい、という人に読んでほしい一冊です。
僕はそもそも、別に書きたいことはないけど何かを書きたい、という感じで20年以上前にウェブ日記(はてなダイアリー)を始めたんですが、そこから今に至るまで、自分の活動の根底には一貫して日記的なものがあるな、と思っています。文章と書き手個人が密接に繋がっていて、大げさに自分を飾らずそのまま等身大の自分を出す感じ、というか。
そんな話をしている本です。書くことに興味がある人はぜひチェックしてみてください。
また、それと同時期に出た、蟹の親子さんの『日記をつけて何になる?』という本に推薦コメントを書いています。
“なぜ人は日記をつけるのだろう、何かの役に立つわけでもないのに。日記ワールドで迷子にならないためのガイドブック。”――phaさん(作家)
“蟹の親子さんがいなかったら、日記屋 月日がいまも続けられていたか、私にはわからない。専門店の中心を担ったひとりの、6年分の日記論。”――内沼晋太郎さん(日記屋 月日代表取締役)
蟹の親子さんは下北沢にある日記屋月日という日記専門店にずっと関わっている人なんですよね。僕の本とはまた違う角度から、日記を書く人にしっかりと寄り添う本になっていて、こちらも読んでみてほしいです。
こんなふうに同時期に二冊の日記関連本が出る背景としては、ここ何年かしばらく日記ブームと言われているのがあります。主に文学フリマやZINE界隈でなのですが。
本が売れないと言われる一方で、自分で何かを書きたいという人は増えています。こんなにも誰もが文章を書くようになったのは、ネットの普及が大きいでしょう。毎日毎日SNSやLINEで、みんな無数の文章を書き綴っている。それはある種の日記のようなものだと思います。そしてネットで文章を書き始めた人が、自分の文章をちゃんとした形でまとめてみたいと思ったときに紙の本が選ばれる、というアナログ回帰の現象が起きています。
SNSのタイムラインは流れが速すぎて、過剰な感情を煽るものになっている。あそこはしっかりした文章を書く場所じゃない。周りの空気に流されずにじっくりと何かを考えたり思考を熟成させたりするには、日記を書くというのがひとつの方法ではないかと思っています。
はるか昔に、当時流行り始めていたブログブームに対抗して「日本人にはBlogより日記」と言い放ったのははてなダイアリーを運営する株式会社はてなの近藤淳也社長でしたが、
そのはてなダイアリーも時代の流れには逆らえず、はてなブログに移行して消えてしまいました。
しかし、いま再び日記の時代が来ています。もう一度はてなブログをはてなダイアリーに戻すのもありなのではないでしょうか。実は「日本人にはSNSより日記」なのかもしれません。
はてな匿名ダイアリーはいまだに「ブログ」ではなく「ダイアリー」ですよね。「ダイアリー」だから、正しいかどうかわからない個人のモヤモヤした情念を書き綴る場所としてふさわしい雰囲気がある。正しいことや正確なことはAIがいくらでも書いてくれる今の時代、人間が書くべきなのは情念くらいしかないと思うんですよね。
追記:
「日本人には」という部分を少し補足します。
そもそも日本には平安時代くらいから『土佐日記』『蜻蛉日記』などの日記文学の歴史がありますし、近代になってからも作家たちは日記をつけてきました。それは日記が日本人の精神性に合っているからなんだと思うんですよね。
また、以下のような調査もあります。
2003年の調査ですが、日本、韓国、フィンランドのウェブ利用法を調べたところ、日本は日記を書いている人が圧倒的に多かったらしいんですよね。
日本人はコミュニケーションにおいてそれほど積極的じゃないので、日記を書いてウェブに公開して、それを読まれるのを待つ、という受動的なやり方が向いているのだと思います。