以下の内容はhttps://penpenbros.hatenablog.com/より取得しました。


【WEB公開】『推しカプ遍歴インタビュー』補論

 

同人誌『推しカプ遍歴インタビュー』も刊行から2年が経ちました。

 

thepatra-committee.com

 

この本は文フリでもめっちゃ目をキラキラさせて立ち読みしてくれる人が多かったりして、売ってて楽しい。私もいまだに読み返しながら爆笑してます。

明確にバズったわけでもなく、書店さんへの営業も控えめぎみだったのによく売れてる……。

 

 

14人の「推しカプ遍歴」インタビューを収録するにあたって、「単に並べるだけでなく、読んでもらうための補助線みたいなものもあったらいいな」と思って書いた論考を、このたび全文公開します。

あくまで「補論」なので、メインはそれぞれの「推しカプ観」を聞き取るインタビューです。ここでは、制作の際に「推しカプ」というものをどう捉えて編集したかを整理しています!

書籍には、インタビュー本文のほかにカップリング年表なども載せています。ご関心を持ってくださった方がいれば、ぜひお手元にどうぞ!(通販もやってます!

 


『推しカプ遍歴インタビュー』補論


 はじめに、この本で焦点を当てる「カップリング」概念について簡単に整理しておく。東園子は、〈キャラクターとその人間関係に関心を向ける〉*1物語の消費のあり方に目を向け、それを〝相関図消費〟と呼んだ。同じような意味で〝関係性消費〟という言葉が使われることもある。


 まず、本書のインタビューにおいて「カップリング」という言葉は単に、関係性消費の対象となるキャラクターのあらゆる組み合わせのことを指している。キャラクターのジェンダー、人数、実在/非実在、〝受け攻め〟の観念を適用するかどうかなどは一切問わず、「推しカプ」すなわち「推し」のカップリングについて話を聞かせてもらった。

 カップリングといえば二次創作文化の中で発展してきた営みとして想起されがちだから、その愛好者は「同人女」のような括りで語られることがある。しかし今回インタビューした人たちと二次創作との距離感はさまざまである。自ら書いたり発表したりする人、二次創作を読むけれど書かない人、二次創作にはあまり触れないけれど、ある関係性そのものをそのものとして好きでいる人など。

 

 また「推しカプ」に対する個々のナラティブは、語り手のみなさん自身のジェンダーセクシュアリティ、生育歴などの話題に及ぶこともあった。もちろんのこと、この本に収録した断片はその人自身のすべてではない。ひとりひとりの言葉はアイデンティティや属性と単純に結びつけたり、その人が抱く本質的な何かを〝分析〟する目つきで読まれるべきではない。私たちが他者と相対するときは常に断片にしか触れられないのだから、あくまで断片でしかない語りに、断片として価値を見出したい。

 ただし、このような試みを着想した下地には、先人が積み重ねてきたジェンダーセクシュアリティや関係性消費にまつわる言論の蓄積がある。そこで本稿では、インタビューの中で語られた言葉やこの企画自体の趣旨を理解するための補助線を、文献を参照しつつ示したい。

 

 

 さて、この本では「カップリング」を上記のように幅広く定義しているものの、我々がカップリングというものについて考えるときにまず参考になるのは、BL(ボーイズラブ)・やおいにまつわる言論の豊富さだろう(なお実際、インタビューでもBLへの言及は多い)。

 冒頭の念押しとも関連するため、日本における「BL論」の視座の変遷について、2007年に雑誌『ユリイカ』に掲載された金田淳子の「やおい論、明日のためにその2」*2を参照して整理しておく。まず、1991年の中島梓『コミュニケーション不全症候群』を端緒として始まった初期の「やおい論」においては、〈「やおい好きの女性」(中略)は「なぜやおいが好きなのか」〉との〈心理学的〉な問いが立てられた。この問いの前提として、〈「やおい好きの女性」は、まずは「女性一般」から逸脱した特殊な存在として想定されがち〉であり、セックスを怖がる未熟さ、ミソジニーにとらわれている、男性になりたい、男性への復讐心などと〈ネガティブな解釈を与えられることが多かった〉。その後議論が深まるとともに、野火ノビタや齊藤環など〈やおい女性の欲望のあり方を「対象への欲望」ではなく、「関係そのものへの欲望」であると論じ〉る〈中立的あるいは肯定的〉な論者が増加したという。


 しかし金田はこうした議論のなりゆきに対し、やおいが好きな理由を殊更〈素朴に〉問うことそれ自体が、その裏側にある異性愛の強制を温存する働きを持つことを指摘する。加えて、やおいを好むことと、女性が持つ何らかの心理傾向とを単純に結びつけるだけではなく、構築主義ジェンダー論の観点から〈「制度的」な説明要因を解明してゆく〉検討の必要性を見出している。

 こうした課題をふまえ、〈「やおいとは女性にとって、社会にとってなんなのか?」という問いが浮上し〉ており、そこでは特に〈やおい異性愛秩序を再生産するものなのか、それとも異性愛秩序への抵抗や攪乱なのか〉という問いが次なるテーマとして示されていた。


 金田の提案から現在までおよそ15年の間に、BLが持つ機能に対する検討はジェンダーフェミニズム研究やクィアスタディーズの文脈で深められてきた。ただしその多くがオリジナル創作の一ジャンルとしてのいわゆる「商業BL」を対象としており、既存のキャラクターどうしの関係性を愛好する二次創作的な相関図消費を射程に置いた論考はまだ少ない。そうした中で、東園子の『宝塚・やおい、愛の読み替え―女性とポピュラーカルチャーの社会学―』*3は、BL二次創作(※東はこれを「やおい」と呼ぶ)の機能を分析している点で参考になる。

 その分析対象はあくまでBLであるため、カップリング一般にそのまま援用することはできないものの、同書を参照しながらカップリングの「二次創作」*4の過程で行われている操作を概説し、このインタビュー集の関心を示したい。

 

 まず、いわゆる「カップリング二次創作」における相関図消費には二つの段階がある。第一段階として、特定のキャラクターたちの関係性に惹かれて選び出す段階。これを「カップリングの段階」と呼ぶことができる。次に第二段階として、カップリングの関係性を詳しく想像する段階がある*5

 今回のインタビューで主に焦点を当てたのは、このうち第一段階のカップリングの選好だ。私たちは、確かにそこに見えているがどのようにも名付けがたい関係性の表象に惹かれて「推しカプ」を見つけ出す。キャラクターがどのジェンダーであろうとその点に変わりはない。カップリングの組み合わせは無数にあり、また同じカップリングであれば誰にとっても同じに見えるわけではない。何より重要なのはキャラクター同士の間にある関係性をどのように読み取るかである。そして、そこには我々自身の批評的な思考が多分に反映されているはずでもある。だからこそ、他者に見えているカップリングが私には見えないのである。

 

 また東は、BL二次創作における「カップリング」は男性キャラクター二人を組み合わせることに加え、「攻」と「受」の役割を割り振ることまで含まれると分析したうえで、〈攻が能動的な役割を、受が受動的な役割を担うのを基本形として、(中略)原則的にアナルセックスでペニスを挿入する側が攻、挿入される側が受だが、性描写のないやおいにおいても攻・受の区別は存在する。(中略)どのような特徴を元に攻・受の役割を振り分けるかは個人により異なり、やおい愛好者の間で絶対的な共通の基準が確立しているわけではない。(中略)やおいにおいては、その内実がどうあれ、男同士のカップルに攻・受という異なるジェンダー的な役割が付与されていることが重要なのである。カップリングとは、男同士のヘテロジェンダーな対を作る行為だといえる〉*6

 この定義は特に2010年代までのBLファンダムで形成されてきた最大公約数的な通念を説明している。また、〈受け攻め〉という枠組みの設定によって生じる効果を解き明かすうえで便宜な要約でもある。けれども、個々人が心に抱く「推しカプ」の〈受け攻め〉の観念が異なり、その人にとってそれがどのような意味を持つならば、具体的にどのように違うのか。それについてはまだ十分語られていない。

 

 さらに東は、カップリングの関係性を詳しく想像する第二段階では、「性愛要素の取り入れ(恋愛化・性愛化)」が行われると述べている。さらに付け加えて言うならば、あるカップリングの関係の展開を想像し、それを特別なものとして示す方法論は「恋愛化・性愛化」に限られない。そもそも、必ずしも「恋愛」として表象されていない関係性に我々が惹かれること自体、この社会において「恋愛」関係だけが最上位の排他的な関係と見なされる規範自体の綻びを示唆している。

 ただ確かにそれぞれの中で、「推しカプ」は他のあらゆる関係性を差し置いて〈特権的な関係性〉*7とされている。だから『推しカプ遍歴インタビュー』のクエスチョンはこのように言い換えられる。どのような関係性こそが、あなたにとって特別に浮かび上がって見えるのか。

 

 

 人が選び出す関係性の形は無限である。ただ、特にBLの「カップリング」――男性同士の関係性について考えるときに、ホモソーシャルという概念が重要なキーワードとなる。ホモソーシャルとは、イヴ・K・セジウィックの『男同士の絆――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』*8の中で用いられた概念で、同性間の親密な関係を指すが、それが性的な関係として認識されるか否かによって、ホモセクシュアル(同性愛)と区別される。ホモソーシャルミソジニー女性嫌悪)とホモフォビア(同性愛嫌悪)によって成り立つ。つまり、男性同士の〝非性的〟な親密さを強化するうえで、女性を性的客体とみなしてそこから排除する反面、男性が性的に客体化されることを顕わにするホモセクシュアルは排除されるのだ。


 他方、女性同士の親密さを捉えるとき、ホモソーシャル概念を単純に援用できるだろうか。前述したホモソーシャルは、男性同士の絆と異性愛主義を基盤として家父長制――シスヘテロ男性による社会支配が支えられていることを暴くうえで有用な道具である。しかしながら、女性はジェンダーにより権力や利益からむしろ遠ざけられる立場にある。また社会の中で制度化された、男性との恋愛を強制する規範――〝強制的異性愛〟に晒されるため、結果として女と女の絆はどれほど重要で代えがたいものであっても、認識されにくい。さらに、性的主体とみなされない女性の同性愛は〝タブー視〟というよりは無化され、しかし常に性的なまなざしを向けられる二重の抑圧の下にある。こうした点においてホモソーシャル概念の射程には留保が必要でありつつも、さればこそ女性同士の絆や愛について語る言葉は一層必要であろう。


 またこのことは、BLを念頭に置いた言説をGL・百合にそのまま転用できない理由とも繋がっている。BLにおける男性同性愛という他者表象の位相についての議論を受けた、堀江有里の指摘が参考になるだろう。

 

 「『百合』と『レズビアン』の関係を考えようとするとき、ヤオイの中で描かれる男性同士の関係と、それを創作・愛好・解釈する人びとの群れが、おもに異性愛の女性たちで構成されていることを踏まえると、単に反転させて援用することはできない。そこにはジェンダーの非対称性の問題が横たわっているからだ。客体として置かれた女性たちが、『主体』となるために男性同士の『関係性』を生み出し、読み解くことと、同じく客体として置かれてきた女性同士の『関係性』を生み出し、読み解くことは、性の配置が決定的に異なる」*9

 ざっくりとした説明だが、これまで示してきた思考枠組みはいずれも「推しカプ」について聞くうえで大切な物差しになるはずだ。しかしこのように俯瞰すると、男女二元的なジェンダーに則らない人間の関係性のありかたや、一対一の二者関係で閉じない絆について語る言葉を我々はどれほど持っているだろうかという問いにも直面する。

 

 

 溝口彰子はこう述べる。〈「現実/表象/ファンタジー」の三者は、おたがいに関係し、影響しあっているが、その関係はイコールではなく、また、一定でもない〉*10。私たちの現実がジェンダーという重力から自由ではない以上、カップリングへの希求もまたその影響を避けられないが、我々は現実への願いをそのままファンタジーとして抱き、また表象として描くとも限らない。

 このインタビューで聞き取った言葉の中にも、「現実/表象/ファンタジー」への言及は混在していて仕分けが難しい。例えば「推しカプ」の関係性の読み解きを、まさにクィア・リーディングそのものと呼べる場面もあろう。クィア・リーディングとは、異性愛規範や男女二元論、シス・ノーマティビティ(人がすべてシスジェンダーであることを前提とする規範)などに積極的に抗って物語を読むことだ。

 

 溝口彰子は2000年代以降の商業BL作品に「現実のホモフォビア異性愛規範、ミソジニーを認識したうえで、それらを克服するヒントとなるキャラクター造形や世界観を、現実よりも進んだ形で示す作品群」が増加したことを論じているが、そのような想像力はカップリング的な関係性消費の場でも用いられている。私たちは世に満ちる関係性の表象からクィアな愛の形を〝あたりまえ〟のこととして読み取り、また上記のような規範が働く社会の中で焦点化されづらい人々の関係性に自ら光を当てることができる。

 しかし他方で、現実に抗う最善の理想といえるような幸福な関係性だけが我々を癒やすとは限らない。自分ひとりで心に抱くカップリングには、むしろ大きな声で他人に言えないようなものもある。そうしたカップリングに向ける感情は、必ずしも「大好き」だけではないのかもしれない。

 

 

 「はじめに」で引用したよしながふみの発言に立ち返って本論を締めたい。〈女性の場合は生育歴のなかで、どういう強制力や抑圧を受けているかというポイントが非常にバラバラなので(中略)それが萌えポイントの分かれ方にもなっている〉。

 たとえカップリング観を知ったからといって、その人が受けてきた〈抑圧〉のしこりを探り当てられるわけではないし、なにか社会問題を直接導けるわけでもない。そうではありつつ、人が受ける〈抑圧〉の形が社会経済的条件に左右されるのも事実だ。

 例えば80年代以降、思想においてはフェミニズム運動やゲイ・リベレーションの成果とその後のバックラッシュ、経済的にはグローバリゼーションの進展と産業空洞化を受けた雇用流動化によって、人生は〝多様化〟ないし分断されている。私たちは社会構造の中で異なる形の抑圧と、異なる形の恩恵を浴びる。

 もし、よしながの指摘が正鵠を射るものだと感じるならば、私たちのわかりあえなさを「人はそれぞれみな違うから」という単純な相対化のみで捉えるべきではないはずだ。

 

 私たちが生きる社会は、私たちは複雑で、わかりあうことが難しいからこそ、あなたが見てきたカップリングの歴史に耳を傾けたい。きっとまだ語られていない、あなただけの目に映る関係性について。

 

▼▼『推しカプ遍歴インタビュー』ご購入はこちらから▼▼

「てぱとら委員会」通販サイト

 

 

*1:『思想地図vol.5』「妄想の共同体ーー「やおい」コミュニティにおける恋愛コードの機能」日本放送出版協会、2010年、253頁。

*2:ユリイカ』2007年12月臨時増刊号、青土社、48頁〜。

*3:新曜社、2015年。

*4:〈二次創作とは、(中略)実在・非実在を問わず、社会的に何らかのイメージが共有されている人物を登場人物に用いるものであり、(中略)二次創作の元になる対象を、それが実在の人物であっても一括して「原作」、二次創作で取り上げられている人物全般を「キャラクター」と呼ぶ。〉(前掲東、162頁)本書もこの考え方を採用する。

*5:前掲東、176頁以下参照。ただしBL以外のカップリングにも当てはまるよう、筆者が一部要約や省略を行なっている。

*6:前掲東178頁ー189頁。

*7:前掲東226頁。

*8:イヴ・K・セジウィック(上原早苗・亀澤美由紀訳)『男同士の絆――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』名古屋大学出版会、2001年(原著1985年)。

*9:ユリイカ』2014年12月号、堀江有里「女たちの関係性を表象すること レズビアンへのまなざしをめぐるノート」青土社、83頁。

*10:溝口彰子『BL進化論』太田出版、2015年、276頁。

【WEB公開】『私たちの中学お受験フェミニズム』所収「母親たちの人生 私たちの人生」

2021年11月に発行した『私たちの中学お受験フェミニズム』。

 

2000年代後半に私立中学受験をした当事者が、過去の「お受験」を振り返り、フェミニズム的な視線を向けなおした記録です。編集メンバーは全員が同級生で、近畿圏・女子・受験用語でいうところの最難関校への進学が私たちの出会いでもあり、その後の人生のコミュニティや進路の礎にもなっています。 医学科入試不正問題や都立高入試男女別定員制など、最近話題になった事例にも触れながら、私たちのための中学お受験フェミニズムについて探っていく本です。

 

 

大体の内容としては、関西の中学受験制度には構造的なジェンダー不平等が内在していて、受験制度(男子と女子の選択肢、受験日程、定員…)や親の期待、土地の産業構造など複雑な要素が絡み合っていることを質的・量的双方の角度から検討しています。

2021年当時、「中学受験にフェミニズムを持ち込む」発想がこの世にまだ存在せず、しかも近畿の話ってマジで誰が読むの?と言いながら作った本でした。

でも何より「私たち」自身が「私たち」自身のために行う調査や検討を、社会に問いかけることで「私たち」みんなのものになればいいなと思って名付けた記憶があります。

 

発行から4年経ち(!)、地方在住の女子の受験における進路選択の困難などが社会的にも表面化したり、「フェミニズム」という言葉が持つ色合いも変わったり、たった4年ではありますが、隔世の感もでてきたり…!

ただ今でもイベントや通販で手に取ってくださる方は多く、むしろ最近になって「イマドキですね」「中受ネタ流行ってますね」と言われることも増えました。笑(ありがたいことです)

 

そんなわけで、より一層広く読んでもらえると良いかなと思い、『私たちの中学お受験フェミニズム』所収の論考「母親たちの人生 私たちの人生」を全文WEB公開します。

1964年生まれの「母」のライフコースを追うことで、自分たち94年生まれの中学受験女子が背負った教育期待を解き明かす論考です。

 

ちなみに『お受験フェミニズム』本には、付録として母と娘のライフコースを追う年表も添付しています。その他、中学受験経験を振り返る座談会や独自アンケートを含む調査など内容盛りだくさんですので、ぜひ書籍の方もよろしくお願いします(通販もやってます!)。

 

母親たちの人生 私たちの人生

昭和39年生まれ、私たちの母

 「あなたたちの時代はきっと女の子も活躍できるから……。」「はやくいい人を見つけて幸せになりなさい。」親とライフプランを語るにあたって、世代の差が大きな溝を生んでいることに気付いたのはごく早かったように思います。高度経済成長期に生まれた親と、バブル崩壊後に生まれた私たち。「うちの親は考えが古くて…」などと愚痴ることはあっても、なぜこんなにも齟齬を感じるのか、掘り下げたことはありませんでした。

 私たちの親は、どのような景色を見て育ち、どのように私たちの子育てに直面したのか。まずは彼女/彼らの見てきたものを知ることで、彼女/彼らがどのように「娘」の人生を思い描いたかを探りたいと思います。そこで、私たちの親――特に母親に相当する仮想の女性モデルを設定して、そのライフコースを追ってみることにしました。編集メンバーの母親のプロフィールや、本書冒頭のアンケートの結果をもとに中間的な人物像を設定すると、「1964 年生まれ」で「近畿圏に育ち」「四年制大学を卒業(本書編集時のアンケートにおいて、近畿圏中学受験経験者に母親の最終学歴を訊ねたところ、回答者の半数を超える51.6%が(四年制)大学と回答し、3.2%が大学院と回答した。短期大学卒業と答えた者は21.0%であった(本書11頁参照)。)」し、「結婚して」「その後阪神間に居住し」「1994 年に女児を出産し」「娘に中学受験をさせた」ということになるでしょうか。さて、彼女はどのような人物なのでしょう。

 

小学生から高校生――高度経済成長期から安定成長期

 彼女が生まれた 1964 年。東京オリンピックが開催された年です。1950 年代から続く高度経済成長期のただ中で、60年代の初めにピークを迎えた賃金格差が縮小に転じた時期でした。

 60年代後半は「いざなぎ景気」と呼ばれる長期好況にあり、経済成長率は高水準を保っていました。都市への人口流入が進み、

 「3C」に代表される消費生活が定着し、国民の「中流」意識が拡大します。彼女らが物心つく頃には現代的なライフスタイルが整いつつあったと言えるでしょう。その親(私たちにとっての祖父母)世代の家族像は、高度経済成長期を支えたサラリーマン・専業主婦モデルが標準的であったと考えられます。

 6歳を迎える 1970 年に大阪で開催された万国博覧会は、近畿圏に育った彼女らにとって、印象的な幼少期の思い出として記憶に残っているでしょう。

 彼女が9歳(小学3年生)になった 1973 年には第一次石油危機が訪れました。しかし、日本は世界的不況をいち早く抜け出します。以降、経済成長率はやや下降し、彼女が20代後半を迎える頃まで日本経済は安定成長のまま推移します。

 一般に、「学歴」が大衆の関心事になったのも70年代以降であるとされています。1970 年時点での大学進学率は 17.7%でしたが、1975 年には 27.2%に跳ね上がり、短期大学を含めると38.4%に達しました。そして、男女ともに、 1970 年代までには〈学歴と所属階級・階層の関係が確立した〉、つまり高卒者は労働者階級、大卒者は新中間階級に所属する傾向が固まったと指摘されています(橋本、2020)。さらに、より序列の高い大学を卒業することで、より規模の大きい企業に就職できる仕組みが公然と用いられ、単純な学歴のみでなく、「学校歴」と階級の対応も明確になっていました。折しも東京都では、1967 年の都立高校の「学校群」制度の導入をきっかけに私立中高一貫校志向が強まり、大学進学実績でも躍進しました(※日比谷高校を頂点として序列化されていた東京の都立高校の学校間格差解消のために導入された制度。全都立高校を「学校群」に振り分け、受験生は各学校群に願書を提出し、統一入試の順位によって自動的に進学先が決まる。受験生自身が進学先を決められないため不満が募った。)。この流れは京阪神にも波及したため、彼女が大都市圏で生まれている場合、私たちと同じように中学受験を経験した可能性もあります。なお、当時の近畿圏中学受験における男女の志望校の選択肢の差は 2000 年代以上に大きいものでした(※2006年当時に共学最難関校であった洛南高校附属中学校(当時男子校)の開校は1985年。清風南海中学の開校は1983年、共学化は1999年。)。

 

大学進学と就職――バブル景気と均等法施行

 1983 年、彼女は四年制大学に入学し、19才を迎えます。1985年のプラザ合意以降、急激な円高が進み、1991 年頃に崩壊するまで「バブル景気」が続きます。彼女が京阪神の大学に通っていたならば、バブルに沸く都市圏の好況を味わったかもしれません。

 1983 年の四年制大学への進学率は 24.4%、女性に限ってみれば 12.2%(男性は 36.1%)、短期大学への進学率は 10.7%(女性は 19.9%、男性は 1.8%)です。少し遡って、彼女らが高校に入学した 1980 年の高校進学率は 94.2%、女性に限れば 95.4%(男性は 93.1%)でした(文部科学省 学校基本調査)。これらの数字を見ると、1964 年生まれの女性の学歴は高卒・短大卒・四大卒に大きく階層化されており、四年制大学を卒業した彼女は、上位1割程度に入る「高学歴」な女性であると言えるでしょう。短大卒であっても、上位3割程度の「高学歴」女性にあたります。

 先ほど述べた受験の大衆化の状況を併せて考えると、彼女自身も受験競争をくぐりぬけてこの学歴を得たのだと考えられます。彼女が大学を卒業したのは 1987 年。当時の大卒女性就職率は右肩上がりで、同年の大卒女性就職率は 73.6%(男性は 78.3%)でした(文部科学省 学校基本調査)から、大学を卒業してすぐに結婚したり、その準備のために実家の「家事手伝い」を始めたりするような人は少数派だったのではないでしょうか。

 

 大学在学中の 1985 年には男女雇用機会均等法が制定、翌 1986年に施行され、同法において定年・退職・解雇について女性の差別的取扱いが禁止されたため、制度上「寿退社」を強制することは違法になりました。また、それまで日本企業では男女が別コースで採用され、人事上も別に取り扱われることが一般的でしたが、均等法施行を受けて、その取扱いが「総合職/一般職」と看板を変えました。雇用制度の上に「総合職女性」が誕生したのです。花形的に登用されたのはごく一部の女性でしたが、四年制大学を卒業した彼女らの中には、“女性総合職第一号”となった人も当然いたでしょう。さしあたり、彼女らの目には、生涯を通じてキャリアを積む道が――現実味のない陽炎のようなものだったとしても――一応映っていたと想像できそうです。なお、このコース別雇用管理は大企業を中心に導入が進み、2012 年の調査においては、従業員 5,000 人以上の規模の企業の 46.8%が導入していました(厚生労働省 2014a 付表65)。

 しかし一方で、この 1985 年には、公的年金の第3号被保険者制度(給与所得者の配偶者で年収 130 万円未満の人であれば、保険料を支払わなくても基礎年金を受給できる制度)が誕生し、サラリーマンの夫と専業主婦という夫婦モデルは社会保障の裏付けを得て、より強固なものとなりました。

 岩井(20008)による 1960 年代生まれの四年制大学卒女性の従業先移動について SMS 調査を用いた分析を見ると、彼女らの就職先での就業形態がうかがえます。この調査において、調査対象者の大卒女性の従業先での就業形態は、正規雇用が6割程度を占めています。後にも触れる通り、新卒で非正規雇用となった者も相当数いたようです。一方で、卒後すぐ、企業等に所属しない自営業者となった人はごく少数でした。以上をまとめると、大学卒業後、彼女には専業家事労働者となるほかに、非正規雇用/一般職正規雇用/総合職正規雇用と大きく3つの道があっただろうと考えられます。

 

結婚・出産、バブル崩壊、震災、ゆとり教育

 さて、彼女が働き始めて3年目の 1989 年、1月8日をもって元号は平成となります。この年の女性の平均初婚年齢は 25.8 歳(男性 28.5 歳)でした(厚生労働省 人口動態統計)。彼女はこのころから30歳を迎える 1994 年までに、いずれかのタイミングで結婚し、阪神間に居住することとなります。上記のとおり、制度としての「寿退社」は法律上禁止されていたため、彼女はいずれの雇用形態において仕事をしていたとしても、結婚を機に仕事を辞めるか、一定の不利益を甘受して続けるかという「自主的な」選択を迫られました。なお、女性の産前産後休業は法律上使用者に義務付けられていたものの、1992 年に育児休業法が施行されるまで、育児休業は労働者の権利とされておらず、企業でも導入が進んでいませんでした(※1975年より、一部職種の公務員にのみ育休法が存在した。)。1992 年時点で彼女は28歳ですから、育休制度の整備が彼女の最初の出産には間に合わなかった可能性が十分にあります。大卒女性のうち誰が結婚・出産後も仕事を続け、誰が辞めたのかは重要な疑問ですが、これについては後ほど検討したいと思います。

 

 そんな中、1994 年、30歳の時に女児を出産します。翌95年1月には阪神淡路大震災により被災し、彼女自身も、その周囲も、生活基盤が大きく揺らぎます。同震災は阪神間の広範囲で震度6を記録し、死者・行方不明者 6437 人、負傷者4万 3792 人、全半壊住戸数約25万戸、30万人以上が家を失う被害を受けたとされています(消防庁 2006)。震災関連倒産は兵庫県を中心に3年間で 394 件にのぼりました(帝国データバンク 2011)。その影響もあり、同年に地元地銀の兵庫銀行が戦後初めて銀行として経営破綻します。その後バブル崩壊の影響は加速し、97年から98年にかけて金融機関の経営破綻が続きます。当該銀行をメインバンクとしていた企業が倒産に至った例もありました。

 企業内では、早期退職・雇用調整のための出向・転籍による雇用の流動化が進み、いわゆる終身雇用制度の空洞化が始まったのです。正規雇用は減少し、非正規労働者は男性を含めて増加しました。

 

 このように彼女らの人生を見ると、生まれてから大学卒業までの生育過程では経済が安定的に成長し、男も女も大学にさえ入れば就職にはそれほど困らないとされていたと考えられます。ただし、それは男女を別コースで採用し、女性は「寿退社」する枠組みが前提となっていました。大学を卒業すると、均等法によってこの枠組みが形式上廃止され、男性同様のキャリアを積む道が開かれましたが、女性にとって総合職就職のハードルは高く、またいずれの雇用形態で就職したとしても結婚・出産後に女性が働き続けるための制度が整備されていない中、仕事を辞めるか続けるかの「自主的な」選択を迫られました。子育てが始まる前後にはバブル崩壊阪神淡路大震災の影響が直撃し、周囲には四年制大学を卒業して大企業に就職した「勝ち組」から転落した者も少なくなかったと想像できます。

 

 戦後、出生率は 1973 年をピークに減少に転じ、1994 年にはすでに 1.5 となっていました。子育てを始めた彼女が直面したもう一つの大きな潮目、それは少子化の加速とゆとり教育の始まりです。私たちが小学校に入学する前々年の 1999 年に、2002 年から実施される「ゆとり教育」の指導要領の概要が発表されました。

 〈「生きる力」の育成と「ゆとり」の確保〉をお題目に、その大枠は教育内容の三割削減・学校完全週五日制からなっており、義務教育の授業時間数が大幅に削減され、「詰め込み教育」と呼ばれた 1970 年代のカリキュラムとは全く対照的なものとなりました。結果として、「教科書の薄さ」「円周率を3と教える」といったトピックがメディアを通じて大々的に批判され、公教育に対する不信が高まります。折しも就職氷河期が到来し、また社会における格差が問題化する中で、バブル崩壊により一時下火となっていた私立中学受験ブームに再び火が付いたのでした。

 

誰が仕事を続けたか

 娘の中学受験が終わった 2007 年。彼女は43歳を迎えます。そしてこの当時、大卒以上の女性のうち、「正規の」職員・従業員の職業分類としては、「専門的・技術的職業従事者」が最も多く41.8%を占めていたところ、そのうち40才以上の者に絞ると、半数を超える 58.3%が「専門的·技術的職業従事者」でした。産業分類の観点では、40歳以上の大卒以上女性には「教育・学習支援事業」に従事する者が圧倒的に多く、その割合は 41.1%を占め、次いで多い産業は「医療・福祉」(15.5%)でした。(厚生労働省雇用均等・児童家庭局編 2009)。

 

 ではかつて「総合職」として企業に就職した――入社当時のキャリア継続志向が特に強かったと考えられる女性は、その後どのようなキャリアを歩んだのでしょうか。女性総合職第一世代である 1980 年代後半の就職者に関する統計が見当たらなかったため、均等法施行から10年後、コース別採用が定着した 1995 年4月に総合職を男女とも新規採用した企業40社を対象とする調査を参照したいと思います。1995 年4月の就職から20年後、2014年4月時点で、総合職として採用された女性の処遇は、「一般職員」が 8.4%、「係長相当職」が 3.1%、「課長相当職」が 2.1%、「その他」が 0.5%、「離職」が 85.8%にも上っていたところ、男性では、「一般職員」が 8.2%、「係長相当職」が 18.9%、「課長相当職」が 24.8%、「その他」が 11.5%、「離職」は 36.6%と、男女で役職者の割合と離職率に大きな差が出ています。また、各企業内で同年採用の総合職男女の最高役職位を比較すると、「男性が1段階上位」である企業が 22.5%、「男女で同位職」が 17.5%、「男性が2段階以上上位」が 10.0%、そして「女性のみ離職」が 40.0%という結果となり、20年間同じ企業に在職し続けた男女の昇進具合の差も大きく見られました(厚労省、2015b)。これより10年遡って最初の総合職として入社した女性たちは、ロールモデルの存在しない中でさらに困難な道のりを歩んだと考えられるでしょう。

 一度は「総合職」という男性と同等の賃金や社会的地位を得られるキャリアを夢見る機会が与えられた彼女らの人生でしたが、その狭き門をくぐって就職できたとしても、出産・育児を経て、子育てを終える時点まで同じ会社に残り、また同期の男性と同等程度まで昇進できた女性はごくごく一握りでした。上記のデータを単純に比較することはできませんが、結果的に彼女が、教員や医師・看護師など、典型的な有資格専門職こそが「1964 年生まれの大卒女性が(子育てをしながら)一生稼ぎ続けることのできた職種」だった、という実感を持ったとしても不思議ではないのではないでしょうか。

 

変化する女性のライフプラン

 私たちの親が生まれ、子どもを育てるに至った数十年間は、日本の女性のライフプランが激変した時代とも重なります。このことが、1994 年に「娘」を持った親を困惑させたことは想像に難くありません。

 ここからは視点を変えて、女性の人生設計という観点から、1964 年頃に生まれた親たちの生きてきた時代の動きを見ていきましょう。彼女らが生まれてから子育てに至るまでの間、ジェンダーに関する社会意識には、顕著な変化がありました。NHK放送文化研究所の「日本人の意識」調査によると、女性は「結婚したら、家庭を守ることに専念した方がよい」とする「家庭専念」型の支持者は 1973 年時点で35%を占めていたところ、私たちの誕生した前年である 1993 年時点で18%に激減しました。

 一方で、「結婚して子どもが生まれても、できるだけ職業を持ち続けたほうがよい」と考える「両立」型の支持者は、1973 年時点の20%から、1993 年には37%に増加しました。家族観についても、1973 年時点では、「父親は仕事に力を注ぎ、母親は任されて家庭をしっかり守る」「性役割分担」型の家族を志向する割合の方が、「父親は何かと家庭のことにも気を遣い、母親も温かい家庭作りに専念している」「家庭内協力」型の家族を志向する割合よりも多かったところ、前者の割合が年々減少するとともに後者の割合が増加し、83年時点で同割合、93年時点では大きく逆転していることがわかります(NHK 放送文化研究所編、 2020)。

 つまり、「男は仕事・女は家庭」というジェンダー観は、私たちの親の誕生時点から、私たちの誕生時点までの間に「古い」考え方だとみなされるようになっていたのです。その変化はなぜ生じたのでしょう。実際に女性の置かれた社会状況は、その変化を反映したのでしょうか。親たちが娘たちを育てるにあたって、その行く先にはどんな展望が見えており、そして現に娘たちはどのような道を歩んだかを考えます。

 

雇用における男女平等を求めて

 このような価値観の変動と表裏にある、女性運動や女性政策の歴史を紐解いてみましょう。まず、彼女らが育ったのはいわゆる「第二波フェミニズム」の時代と重なります。この時代、まず英語圏で中絶や生殖に関する問題、賃金の不平等など労働における差別、家庭内暴力など、これまで個人的な問題として公に議論されなかった不平等が議論の俎上に載せられました。

 日本でも、1966 年には、女性に「結婚退職」を強制する就業規則を違法無効とする(東京地判昭和41年12月20日 住友セメント事件)判決が登場し、その後10年ほどの間に類似の判決が続きました。70年代になると、新左翼運動内部の女性差別に反発する形でウーマン・リブ運動が登場し、各地で相次いでリブ集会が開催され、運動の様子は広く報道もされました。その後、女性の権利問題は立法課題として、議会制民主主義の枠内に持ち込まれます。特に 1975 年の国際婦人年を分水嶺に、雇用における女性差別が政治的トピックとして表面化してゆきます。

 例えば当時日本の企業では、就業規則上、男性に比して女性の定年年齢が低く設定されていました(※男性55歳・女性30歳といった若年定年制を敷く場合と、男性60歳・女性55歳といった一回りの差異を設ける差別定年制が存在した。)。しかし戦後、雇用における男女平等を定めた法は、労働基準法上の賃金差別禁止規定(労基法4条)しか置かれていなかったため、賃金以外の場面における性差別的な雇用制度が「法律に違反している」とは言えませんでした。そこで女性労働者たちは、平等権(憲法14条)や公序良俗民法90条)を主な武器として、法廷闘争を続けました。

 まず、1969年には若年定年制(東京地判昭和44年7月1日)、1975年には10歳差の差別定年制を無効とする判決が確定します(静岡地沼津支判昭和48年12月11日・伊豆シャボテン公園事件)。また、男女別賃金表の違法を認めた判決も生まれました(秋田地判昭和50年4月10日・秋田相互銀行事件)。このような時勢の中、雇用における男女の「平等法」を求める運動が高まりました。

 

均等法の落とし穴

 この流れを受けて、1985年、雇用における女性差別を射程に置いた法律として、男女雇用機会均等法が制定されます。同法は、裁判例において既に確立されていたとおり、定年・退職・解雇における女性差別を禁止しました(※福利厚生・教育訓練については、女性差別を一部禁止。)。また同法の施行をきっかけに、男女別の採用・人事を廃止して、これを責任の重さやそれに伴う待遇、配転の有無(特に転勤の可否)を基準に「総合職」「一般職」と再区分する企業が現れます(※ただし後述のとおり、1985年時点では採用における男女の均等取扱いは努力義務とされたにすぎず、男女別の採用が違法とされたわけではない。)。先ほども紹介した「コース別雇用管理」の誕生です。

 そもそも、1985年制定当時の均等法は、募集・採用、配置・昇進の場面での女性差別は違法なものだとはせず、男女に〈均等な機会を与える〉〈均等な取扱いをする〉努力義務を課すに留まっていました(※旧均等法7条、8条。)。女性が働く中で受け続けている労務管理上の差別的な取り扱いが禁止されなかった点で、雇用の平等法と呼ぶにはあまりにもお粗末なものでした。

 また二度の改正を経て、上記の穴が埋められた現在の均等法は、一般に「男女平等」を定めた法として理解されていますが、そこには大きな落とし穴があります。この法が男性中心的な雇用のあり方の解体を志向していないことを根拠づけるキーワードが「機会の均等」でしょう。当時行政の示した均等法の解釈指針(労働省1986)を見てみましょう。

 まず、「妊娠・出産した女性を昇格させない」としても、「女子であることを理由として」の処遇上の不利益取扱いにはあたらず、均等法には違反しないとされていました(労働省1986通達Ⅱ1⑸)(※妊娠・出産・産前産後休業を理由とする解雇のみが違法とされていた(労働省1986通達Ⅱ6⑴)。)。女性にしか生じない「妊娠」を理由とする取扱いの差は男女の比較に当たらない、というのがその理屈です。また、「一般職に女性従業員しかいない場合、結婚後は昇格させない」としても違法ではないとされていました。比較対象となる「一般職男性」がいないからです。これらの定めは、雇用制度内に取り込まれた構造的な女性差別を積極的に温存するものでした。これらが近代的平等法理のバグであり、まったくの詭弁にすぎないことは明らかですが、同じ雇用区分の男女の定年が揃えられ、また総合職と一般職を「自由意思により」選択可能である――男女の「機会が均等」に与えられたという建前に一旦は覆い隠されました(※なお、当時の指針や通達は、各区分の募集・採用において女子を〈排除しない〉限り――男女別定員制を敷いたとしても――機会均等が果たされているとの見方を示していた(労働省1986指針2⑴イ・通達Ⅱ7⑶)。)。

 

 確かにコース別雇用管理は、女性に対しても、基幹業務と補助業務を選択する「機会を均等に」与える制度です。しかし、家族責任を負う既婚女性には転居を伴う転勤が難しく、大部分の女性は不利な条件であっても一般職にとどまるか、総合職で入社した女性も結婚・出産とともに退職するか、一般職や非正規労働者となることがほとんどでした。また、機会均等と言っても、現在まで女性総合職の採用倍率は男性よりも高い状況が続いています(※コース別雇用管理制度導入企業118社を対象とする2014年度の調査によれば、総合職応募者に占める採用者割合(括弧内は採用倍率)は、女性2.3%(44倍)、男性3.3%(30倍)であった。なお、一般職は女性4.4%(23倍)、男性8.8%(11倍)であった(厚生労働省2015b)。)。

 1985年から15年が経過した2014年度時点で、コース別雇用管理を導入していた全国118社に対する調査では、総合職に在籍する女性は全体の9.1%しかおらず、総合職に女性が一人もいない企業も15社(12.9%)あったようです(厚生労働省2015b)。

 このように均等法とコース別雇用は、一見性別にかかわらない形式をとりつつ、企業内を支配する性別分業を強化し、〈「男女差別を是正した」どころか、「男女差別を正当化し、固定化した」法である〉と批判されています(菊池2019)。均等法の裏側で、第3号被保険者制度が創設されていたことは先述のとおりですが、同年には労働者派遣法も制定され、これまで禁止されていた人材派遣業が解禁されています。労働者の階層化が進みつつ、ともあれ女性にも一度は「男性なみ」の就職をする機会が保障されることとなりました。

 

非正規化される女性労働

 「機会均等」の建て付けが制度化される中で、現実の女性の労働のあり方はどのようだったのでしょうか。1975年以降、日本の経済は為替レートの変動と石油危機の衝撃を「経営合理化」によって乗り切ります。その結果、石油危機後に雇用は一時低迷し、80年代にかけて全体の求人倍率は次第に回復しますが、その内訳を見ると、正規雇用求人倍率は元に戻らず、パート採用が増加しています。企業が非正規雇用によって労働力を調達したからです。

 均等法が制定された1985年から1990年の間に、正規雇用者は145万人、非正規雇用者は226万人増加しましたが、その大部分は女性でした。つまり、1980年代以降は「女性労働の非正規化」――男性は終身雇用、女性は非正規雇用というジェンダーによる身分階層化が発明された時代でもあるのです。

 女性のパートタイム就労については、〈既婚女性の第一の役割は主婦役割だと前提したうえで、家庭責任に抵触しない範囲で家計補助として働く労働者として、女性を位置づけるものである。だから賃金も低くてよく、会社側が不要なら解雇もしやすい。1970年代後半以降の時代は、表面的には脱主婦化が進んだように見えるが、実際に進行したのがあくまで主婦役割を第一に置いた「兼業主婦化」であり、「新性別分業」(男は仕事・女は家庭と仕事)であった〉と指摘されています(落合2008)。

 先ほども触れたとおり、均等法が「均等な取扱い」を求めているのは同じ雇用区分にある男女の従業員同士だけですから、男性多数の正規雇用と女性多数の非正規雇用の格差がこの法の射程に入ることはありません。女性にも総合職の門戸は開かれたのだから、より良い処遇を得たければそちらを目指せば良いわけなのです。こうして、この新しい性別分業形態は法に則った雇用管理として、日本企業のジェンダー秩序をより巧妙に形作りました。

 

フェミニストはこわい…

 上記のような課題を積み上げながらも、均等法以降、バブルに沸く80年代後期には大卒女性の就業機会が増え、1990年には大卒女性就職率が男性に追いつきます※(文部科学省「学校基本調査」)。その中で〈とくに若い女性たちは、豊かさと自由を享受しつつ、フェミニズムに関心を喪失していった〉と指摘されています。それだけでなく、フェミニストが「怖い存在」と見なされ、異質な存在として孤立する潮流も見られました(大嶽2017)。

 20代前半にバブルを謳歌した私たちの母親世代は、まさにここで言及される「若い女性」にあたります。これは筆者の個人的な経験ですが、女性運動の恩恵を受けて育ち、「女の子も男の子も平等」と口にしながらも、政治的活動家としての「フェミニスト」とは一線を引き、恋愛・結婚・子育てを「女の特権的な」楽しみとして引き受けようとする、むしろ極めて保守的な態度が、まさに母の像だったと思うのです。

 

参画して 活躍して

 私たちの生まれた1994年、これまで行政機関において女性差別問題は「婦人問題」と称されていたところ、新たに「ジェンダー・イクォリティー」の語が「男女共同参画」と訳されるようになりました。この言葉が生まれた背景には、女性が庇護の対象として見られるのではなく意思決定に参加することを強調する意図のほかに、「男女平等」という直訳を忌避する保守勢力の反発があります(上野・大沢2001)。以降、この「男女共同参画」というタームがジェンダー政策の旗印となり、2000年代にはこれらの政策に対してフェミニズムバックラッシュ運動も生じました。

 1997年、男女雇用機会均等法が初めて改正されます。1985年の制定以降「努力義務」に留められていた、募集・採用、配置・昇進における女性差別が禁止され、もともと存在していた賃金差別の禁止(労基法4条)とあわせて、雇用の各ステージにおける女性差別を禁止する制度がようやく整備されました。しかし、均等法が禁止する女性差別とは、同一の雇用管理区分における男性との異なる取り扱いであるという基本的な考え方は踏襲されています(厚労省1998)。

 1999年には、男女共同参画社会基本法が制定・施行されます。これは強制力を持つ法ではなく、〈国・地方公共団体のあらゆる施策を先導する法原則として「男女共同参画」を掲げた〉ものであるとされています(浅倉2004)。この法律において男女共同参画社会とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」と定義されています(男女共同参画社会基本法第2条)。

 この法律に対する評価は分かれていますが、菊地(2019)は、〈平等の実現というよりも「男女のパートナーシップ」を推奨する基本法の発想は、(中略)それ以前の「男性が稼ぎ、女性が家事」という性役割分担に代えて、「男女ともに稼ぎ、女性は家事も」という性役割分業を正当化して〉おり、「そこでは女性が賃労働に従事し、男性も家事を行うことが推奨されるが、均等法で確立されている賃労働のジェンダー秩序は変えられないため、男女が平等に賃労働を担うことはないし、したがって家事の主要な担い手も女性のままである〉と分析したうえで、〈「二人稼ぎ手モデル」という新自由主義に特有の規範を社会の望ましいあり方として打ち出している〉と指摘します。

 その後政府は女性関連政策を次々と実施し、2013年の日本再興戦略では、2020年までに25~44歳の女性の就業率を73%に引き上げること(※2012年は68%。)、企業等で指導的地位に占める女性の割合を30%程度にすることが目標に掲げられました(日本経済再生本部2013)。これを受けて2015年に制定されたのが女性活躍推進法です。その内容には立ち入りませんが、同法の言う〈女性の職業生活における活躍〉の期待は、当時21歳であった私たちにこそ向けられているのでしょう。

 

均等法後の母たち、男女共同参画社会の娘たち

 以上を踏まえて、親たちが娘たちにどんな展望を見たのか、そして娘たちが歩んできた道のりはどのように位置付けられるのかという問いに戻りましょう。私たちの親が小学生の頃に起こったウーマン・リブの波は大衆化せず、彼女らは女性の集団的なアイデンティティに根付いた運動を体験した世代とは言えません。

 大学進学後はバブル経済の最中で、就職自体はそれほど困難ではなく、女性に総合職としての就職機会が設けられたタイミングでもありましたから、「女性が差別を受けている」と言える社会経済的な根拠が覆い隠され、公正な競争が始まったかのような幻想を抱いてきたかもしれません。しかし、どの雇用形態で就職した女性も、結婚や出産により仕事を続けるか辞めるかの「自主的な」選択を迫られ、総合職として就職した場合でさえ、その離職率が高かったことは述べたとおりです。

 そして、均等法の生んだコース別雇用管理が定着し、女性労働の非正規化も進み、バブル崩壊によって社会全体の格差がさらに拡大した後、1994年に生まれた私たちは、「男女共同参画」社会の娘たちとして、あらかじめ「生涯働くこと」「将来の働き方は競争により階層化されること」が予感されていました。そこで、娘により高いレベルの教育を受けさせたいと考える親にとっては、娘がその他の進路を自発的に選択するまでは、とりあえず同世代の男子と同じように、大手企業の総合職としての就職が選択肢の一つに入る程度のステータスを持てるように育てることが、暗黙の教育目標となったでしょう。

 

 そのような親から受験競争におけるコーチングを請け負う塾や進学校では、一定以上の高偏差値中高や大学に進学することが当然視されました。

 このように受験家庭に生まれた子は、男であれ女であれ「男なみ」の競争に取り込まれますが、すでに中学受験の時点で女子生徒には男子生徒よりも「狭き門」が設けられ(男女別定員制)、より厳しい進路の振り分け(少数の最難関第一志望校/ぐっとレベルの下がる第二志望)がなされていたことは、本書第1章(「近畿圏女子の狭き門」本書20頁〜)で触れたとおりです。これは、一握りの「総合職」となれるか否かの分岐と相似しているように思えます。この選抜の形は、私たちの人生の最初期から今に至るまで、あらゆる場面に潜在しているのではないでしょうか。

 その一方、企業内で稼ぎ続けられた同世代の女性は一握りであったという親たちの経験から、娘には何か専門的な資格等を取っておくべきであるという、女性ジェンダーに片面的な忠告が並行して行われることもありました。さらに、母親たちが子どもに中学受験をさせられるほどに経済的な余裕のある家庭を形成することができた背景には、彼女らの結婚の「成功」があったことも無視できません。

 もちろん、母親が主な稼ぎ手である家庭もありますが、多くの家庭においては、バブル崩壊をくぐり抜けた稼ぎの良い夫なしには生活が成り立たなかったでしょうし(そのような夫が存在しない場合には、その不存在が際立ったでしょう)、娘に対する結婚への圧力が生まれる土壌もありました。

 このように、娘たち――私たちはフェミニズムから疎外されたまま、お受験街道のでこぼこ道をひた走ることになったのです。

 

 

引用文献

橋本健二 2020 『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』河出書房。

厚生労働省 2015a 『平成26年版 働く女性の実情』。

岩井八郎 2008 「『失われた10年』と女性のライフコース――第二次ベビーブーム世代の学歴と職歴を中心に」『教育社会学研究』82、61–87。

消防庁 2006 「阪神・淡路大震災について(確定報)」平成18年5月19日付。

帝国データバンク 2011 「阪神大震災後の倒産状況に関する検証調査」。

厚生労働省 2015b 『平成26年度 コース別雇用管理制度の実施・指導状況(確報版)』平成27年10月20日付。

厚生労働省雇用均等・児童家庭局編 2009 『女性労働の分析2008』21世紀職業財団、40–43(統計資料は総務省統計局「就業構造基本調査〈平成19年〉」による)。

NHK放送文化研究所 2020 『現代日本人の意識構造[第9版]』日本放送出版協会

労働省 1986 「男女雇用機会均等法に関する事業主が講ずるよう努めるべき措置についての指針」、労働省通達「男女雇用機会均等法の施行について」(婦発第68号・職発第112号・能発第54号)。

菊地夏野 2019 『日本のポストフェミニズム――「女子力」とネオリベラリズム』大月書店、39・54。

落合恵美子 2008 「近代家族は終焉したか」NHK放送文化研究所編『現代社会とメディア・家族・世代』新曜社

大嶽英雄 2017 『フェミニストたちの政治史――参政権、リブ、平等法』東京大学出版会、212–213。

上野千鶴子大沢真理 2001 「男女共同参画社会のめざすもの――策定までのウラオモテ」上野千鶴子編著『上野千鶴子対談集「ラディカルに語れば…」』平凡社、17。

厚生労働省 1998 「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」平成10年6月11日付 女発168号。

浅倉むつ子 2004 『労働法とジェンダー勁草書房、59。

日本経済再生本部 2013 『日本再興戦略 ―JAPAN is BACK―』。

 

▼▼『私たちの中学お受験フェミニズム』ご購入はこちらから▼▼

「てぱとら委員会」通販サイト

 

 

雑誌『BRUTUS』「アイドルって?」を読みました

アイドルオタクのみなさま、そうではないけど世を席巻するアイドルという現象が気になるみなさま。雑誌『BRUTUS』12月15日号「アイドルって?」、読まれましたでしょうか?

 

わたくし、献本をいただいてから(えへへ)何度も読み返してます。

感想postしなきゃ!!したい!!!と思いつつ言いたいことありすぎてまとめきれないわよ〜( i _ i )あ、そうかブログに書けば良いのか。と思ったので書きます。

 

まずなんだろう ……キラキラの重箱?

「今」読みたかった記事がホテルのアフタヌーンティーばりにきらきら山盛り載ってて心のオタクくんが感涙。オタクくんじゃない心、ないけど。

 

感激したのは、まさに「今」のアイドルの世界の豊かさ複雑さが詰め込まれているところ。

「アイドル」ってなんだろう。それを定義することがもはや難しくなり、線引きが曖昧になっていく中で、紙幅の限界まで、様々な角度からアイドルという存在の今を切り取ろうと試みる誌面構成が素敵でした。切り口(プロデュース/作詞作曲/衣装/コレオetc…)ごとに、誰をどのように取材するか*1という点こそが、今の「アイドル」界の見取り図になっていて面白い

そして、そのリスペクトに呼応するように、今をときめくアイドルやクリエイターの皆さんが語る言葉やビジュアルも熱や誇りを帯びているようだなと。

 

っていうかね!アイドルといえば雑誌なの。私がアイドル雑誌読み漁り育ちオタクであることもあるけど(下校中の立ち読みといえば『UTB』『B.L.T』よ)。

アイドルについて評論などまとまったものを書くときの資料として、めっちゃ重要なメディアなんですよ。地上波に載る情報は超限られてるし、特にバラエティ番組はアーカイブにアクセスしづらく、その瞬間のノリや熱量が作られていくネット上の書き物はすぐに消えたり散逸する😭。

雑誌は図書館でほぼ必ずアクセスできるし、アイドルのリアルタイムな言葉やビジュアル(これまじ大事。衣装とかファッションとか)も、世間での受容のされ方も、そして何より編集部の批評的な視点も!、閉じ込められている大変重要なメディアなのです。

 

そういう意味でも、雑誌がアイドルの歴史を作るのだといっても過言ではなく……。

だから「今」!の(特に日本の)アイドルシーンを映す特集が組まれたらいつも見逃せなくて。そして、2025年のアイドル文化を切り取るワンショットとして、冒頭に書いたような視座を持った一冊が残ることがどれほど革命的かっていう。

BRUTUS』という、アイドルファン以外の方も手に取る媒体によって、あまりにも鮮やかに歴史が更新されたこともまた嬉しいな。

 

単純にリアルタイムのアイドルオタクとして、知りたかった情報、読みたかったインタビューだらけで、、ビジュアルも渾身の美しさで、、💖

 

言いたいことありすぎですが日本の“女子ドル“オタク視点の感想を内容に触れない範囲でざっと書くと、、

今一番お話を聞きたい女、木村ミサさま〜❤️‍🔥だし、もふくちゃんが「女性プロデューサー」に言及していることの意味よ!!だし😭😭(きゅるちゃんの写真奇跡すぎないか?毎秒が奇跡なのか?)

ヤマモトショウをソングライターではなくプロデューサーとして取り上げるのまじ……そうなんだよな……だし。「プロデューサー戦慄かなのが語るアイドル戦慄かなの」←それはほんまにそう。という感じ。

アイドルソングコーナーは言いたいことありすぎて絞れなくて逆に何も書けないんだけど、いぎなり東北産・律月ひかるさんの「狂くるどっかーん♡」作詞(確かにすごい曲。大森靖子提供の楽曲に負けない歌詞、、)に対する竹中夏海先生のコメント、あまりにも、愛や……。アイドル曲を真摯に聴いてる人のコメントや。

 

アイドルのみなさん本人に「アイドル像」を尋ねる企画はすばらしく人選がええんですが、純烈・酒井一圭さんのコメントを私は今後ずっと忘れることがないでしょう。

SNSへの言及を担当するのがとき宣ちゃんというのもニクいし、CDジャケットやMVなど、視覚表現のクリエイティビティに光が当たっているのも嬉しく、坂道シリーズが取り上げられているのも大納得。

骨の髄までハロヲタとしてはアップフロント内部情報(ハロプロ研修生楽曲制作取材)ありがたすぎるし。今のアイドルを理解するにあたって「研修制度」的なものは外せないけど、その最たる団体がハロプロ

カワラボが巻頭を飾る特集の中に、NEW KAWAIIとも全く異なる“かわいい“ーー「ガーリーな感性とDIYの精神」を宿すアイドルの紹介コーナーがあるのも素敵。つか、REIRIEさんのお写真………良すぎか????だし。

「勝手に!令和の、アイドル界隈用語集」、俺たちの槙田さこてぃが、でかみちゃんと一緒にオタク有識者として語ってくれるのが嬉しい…(もちろん振付師としても紹介されている!そのページで鼎談取材を受けているのが!さこてぃの師匠にあたる竹中先生なのも!最高!)。

そして、衣装のコーナーはデザイナーさんたちのアイドルを変身させるお仕事にかける誇りが感じられる語りがいいです。衣装に限らずですが、もっともキッチュだけど、だからこそ前衛的でもある(あることができる)ところが好きだなと改めて思った。

現役アイドルのアイドルソング⭐︎プレイリスト、こういう企画はなんぼあっても良いですよね。一人一人に「アイドル」との歴史があるのだなと思えるし。アイナスターさんのコメント最高だし。ディスクガイドとしても素晴らしくて、まだ出会ってないアイドルの、良曲を知るのはこういう場での選曲を通じてですよね。

『イン・ザ・メガチャーチ』、Juice=JuiceのTFTと、そんな最新情報までフォローしてくれるのありがた好きだし、、

なにより大トリ、「私が好きなロコドル」のページ、めっちゃ良い。『BRUTUS』のアイドル特集で「風とロック芋煮会」の話題が出ることあるんだ。

ごめん男性アイドルの話少なすぎて!でもそもそも“女性アイドル“(この切り分け自体すでにかなり無効なのですが……)中心になりがちなこの手の特集の中で、大倉忠義さん(ジュニアのプロデューサーとして)だけでなく、MiLKやOCTPATH、ONSENSEへの取材があったり、楽曲制作者やアイドル本人があたりまえにさまざまなジェンダー(表現)のアイドルを相互に参照していることがわかったり。これまでも本当はずっとあったことだろうけど、大きなメディアで表に出るようになったのだなと感じ入りました。あと、韓国など国外のアイドルは本当に詳しくないので勉強になります……。

 

そして、「ファン目線で考える、令和の「アイドル像」」座談会に、私もお声がけいただいて参加しております。え〜ん😭

2時間近く盛り上がった鼎談をギュギュッと紙面に詰め込んでいただきました。

つやちゃんさんや上岡さん、ライターの羽佐田さんはもちろん、その場で聞いてくださる編集部の方々からのツッコミもちょこちょこありながらの取材で、本当に楽しかった〜〜。大感謝です。

ということはきっと、アイドルやクリエイターの皆さんの記事も同じように、未収録の秘蔵話がたくさんあるんだろうな。でもその想像の余白が残る感じもアイドルだな……。とか思いながら。

 

鼎談の未収録エピソードといえば、音楽が、歌い手その人の人格(括弧付きだけど)、衣装、歴史、そういうものと不可分のものであるところが好き。それがアイドルだと思うんです。というお話を少しさせてもらったのですが、まさにそのことが体現されている特集でした。嬉しいな。

 

もちろん他にはあれもこれも、と気になる領域はいくらでもありますが、補完は未来になされるでしょう、、

 

え〜〜もうアイドルの話永遠にできてしまう、、全てはうまくいえない。ごった煮の感情を喚起されてしまう。

アイドルを好きな方、別にそうでもない方、ピンクのケーキみたいなめちゃきゃわ衣装の表紙が目印。ぜひぜひお手に取ってみてください。

 

BRUTUS(ブルータス) 2025年 12月15日号 No.1044 [アイドルって?] [雑誌]

  • マガジンハウス
Amazon

 

*1:あるいは、取材しないか。

【新刊】『とっておきのfor me』刊行

告知ブログです。

 

てぱとら委員会新刊同人誌、出ます!!!!!(イエーイ✌️)

 

※てぱとら委員会の詳細は、こちらの記事を参照ください。

 

書籍概要

タイトルは、

『とっておきのfor me』!!

とっておきのfor me の表紙イラストをもとにしたバナー画像

 

昨年2024年11月に文学フリマ東京の会場で、「フェミニズムジェンダーセクシュアリティ的にこれってfor meだ!と思った作品」アンケートを開催したことがこの本の端緒でした。

 

あなたが「フェミニズムジェンダーセクシュアリティ的にこれって for me だ!」と思った作品は、何かありますか?

小説や詩歌でも、漫画でも、映画でも、評論やエッセイでも、ドラマでも、演劇でも、アニメでも、音楽でも、ゲームでも、どんな作品形態でも構いません。教えていただけると嬉しいです。

回答いただく方のジェンダーセクシュアリティも問いません。

直接的にジェンダーセクシュアリティをテーマとして扱う作品でなくても大丈夫です。

 

イベントのブースを訪れてくれた方に付箋を配布し、作品名と選出理由を書いて貼ってもらう、という手作りお祭り感溢るる企画。

 

その後昨年12月から今年2月初週にかけて、Googleフォームを用い、WEB上でも同様のアンケートを開催しました。こちらは長文で理由を記載できるようになっています。

 

これがね、めっちゃ良いアンケートになったのですよ。

 

5月の東京文フリに一人で出店したときも、「書きました!」って伝えてくれる方がいらしてうれしかった。

 

アンケート実施前は、“for me”作品をいろんな人に聞いたら絶対おもろいやん🎵まとめて軽めの一冊を出そうかねという話だったのです。いざ集まってみると予想を超えた面白さが発生。トーンの異なる回答が集まった様子がすごく良かったので、ちょっと気合い入れようぜモードに切り替えました。

ジェンダーセクシュアリティの力って、私に言わせれば「全て」のトピックに関わることなのだが、なんだろう、トピックから切り離して純粋に単独で意味を持たせることが非常に難しい議論だという側面もある。なので、語り方は手を替え品を替え提案していった方がいいんじゃないかと常に考えております。

 

アプローチを更新し続けなければ、すぐにどこかで聞いたことを繰り返すだけになってしまいませんか?!

だからこそ、集まった回答の濃さを見て、この方向性いけるやん!!と手応えを感じたのでした。

 

『for me』本は、自分たちでその方法論をさらに推し進めて実践してみた本です。

なぜ我々はSNS上でつまらない話しかできなくなるのか、私が立てた仮説と、実証してみた感想は本の中に書いているので、その辺りも楽しみに読んでいただければ!

まあ、そういう、わたくしの思惑もありますが、差し引いて読んでも当たり前に超面白い一冊になっています。(ご回答くださった皆様のおかげで)

 

記事紹介

今回の本は、「自分にとって大事な作品について、ナイショ話をするための場」。

収録した記事の内容をざっくり紹介します。

 

●作品アンケート

上記アンケートの回答を掲載しています。

付箋とWEB合わせて114件も集まったそうです。わかりあえなさに震えましょう。

 

●for meによせて

"for me"作品をテーマに、てぱとら委員会メンバーから寄稿を募る企画。

形式は自由で、各自が決めてよし。結果的に、エッセイ3本と対談1本が提出されました。

実現はしませんでしたが、「人生最高レストラン」形式でエッセイを書くとか、絵日記とか、インタビューとか、当初は様々な案も出ていた。

 

そして、単なるテーマ寄稿コーナーとは違うのがこの企画、寄稿を読んだ他のメンバーが「感想帳」にコメントを寄せています。

というか、他のメンバーからコメントが返ってくることを前提に、“for me“について書いてみよう!という趣旨の企画なのです。

 

掲載記事は以下のとおり。

 

宝塚歌劇団エリザベートー愛と死の輪舞ー』(ハリマ薫子)

宝塚の『エリザベート』がテーマ。自身の父にむける眼差しについて書いたエッセイ。

随所に阪急神戸線界隈の質感がにじんで、味わい深い。

 

ゆでたまごキン肉マンⅡ世』(浜場)

浜場さんは、『キン肉マンⅡ世』のアシュラマンプレゼンや、テリー・ザ・キッド評ブログを書いた人です。改めて、テリー・ザ・キッドへの思いを綴ってくれました。

 

・高橋幸/永田夏来編『恋愛社会学』(たぬき)

たぬきが、ネッ友の午前3時の初回限定盤SPさんを連れてきて対談しています。

『恋愛社会学』は3時さんの“for me”本。

SMAPで育った3時さんがモテたくてモテたくてしゃーなかった頃の話をしてくれたり、たぬきがマイルドヤンキー恋愛を真剣に好きだという話をしてくれたりしています。

人類は、こういう恋バナをした方がいいと思うんだよね。

異性愛についての意見交換を読みたい人におすすめです。

 

松村栄子『僕はかぐや姫』、高橋たか子『骨の城』(いなだ易)

小説のレビューのようなエッセイです。

私の主題は、「女として生きるという自己認識について」かな。あるいは、透明な主観の話。

難産だった! 個人的なスタンス表明としてお読みください。

 

さて、多忙などにより寄稿に不参加のメンバー2名も、感想帳に参加してくれています。

こういうふうに参加の形を調整しながらサークル活動を続けていけたら良いことです。

 

● 今語りたい海外アニメ

カートゥーンのオタクである浜場さんが書いてくれたクィアなアニメのレビュー2万5000字超。長編アニメシリーズ16作を取り上げてくれています。

ありえん大ボリュームの記事になりましたが、ありえん大ボリュームであることに意味があるので全部載せました。

 

番外編として、浜場さんセレクトアニメをてぱとらメンバーで鑑賞会したレポマン(いうまでもなくレポ漫画のことですよ)も載るよ。

レポマンが載る同人誌は良い同人誌。

 

●書籍紹介ーーfor meからはじまる

『for me』本はめちゃおもろい読み物ですが、あくまで個々人の語りに焦点を当てたものなので、あれですね、そこからさらなる思考を展開していきたいですよね。

それはまさに、文学や哲学、社会学、さらには政治学や法学の領域なのだと思います。

この本と合わせて読むならどんな本がいいかな?という観点で選書してみました。

学生だった自分に勧める気持ちでチョイスしています。

 

●巻末座談会

てぱとら本恒例の巻末座談会。

紆余曲折あった企画過程の振り返りや、本を通じて伝えたかったことを語っております。

 

●表紙イラスト/デザイン

『とっておきのfor me』表紙と裏表紙の画像。

 

長らくお世話になっている沼田さん(X:@n_u_m_n_u_r)にお願いしました。

見てください、この見たことないかわいさ。かわいいだけじゃなさ。

 

沼田さんとの出会いは、10年前くらいに遡るのかな。

私が沼田さんの絵のファンで、Twitterをフォローさせてもらったのがきっかけでした。

それから、てぱとら委員会の本にも過去何度か参加いただきましたが、全て文章での参加という無茶振りで……(言葉選びもステキな方なのです)。

今回ようやくイラストをお願いできて感無量。。

沼田さんの絵の力がなければこの本の内容はここまでまとまりませんでした。

言語ではない視覚的な表現によってはじめて引き出される感情や思考があるのだと身をもって感じて、それもなんか嬉しかったです。今後ともよろしくお願いします!

 

さて、こんな感じでいただいたアンケート回答に真摯に応えられるよう、かつ、「こういうコミュニケーションって面白いかも」が広がるよう野心を込めて作った一冊です。

 

女子校の同級生と同人誌(しかも評論)なんか出していると、理想の友人関係だねなんてよく言われます。照れますな。

しかし、われわれが本を作り続けているのは、内輪の友情を見せびらかしたいからではありません。

 

誰にも、語る力がある。もし足りないものがあるとすれば、あなたを語りに導く場なのだ。

私はそういうことに関心があるのです。

 

本当言うとね!西日本開催のイベントで発行したかったとか(色々抽選落ちたのだ😭)

宿題も残りましたが、納得のいく内容までブラッシュアップできたのでオーライ。

 

最後に、巻頭言も貼っておきます。

はじめに その感覚を“for me”と名付けてみよう。  ある作品に触れたときに、面白いとか重要だという以上に、私のためのものだ、としか思えないような出会いがある。もちろん、この私ひとりを名指して作られているはずはないのだから、そのように独善の"読み"が内的に発生すると言った方が正確だろうか? その情動は、「まさに私が表されている」という驚きかもしれないし、自分ひとりの生では決して知り得なかった真理に触れられた歓びかもしれない。なんだっていい。 いずれにせよ、ジェンダーやセクシュアリティの側面から、自分自身にとってそれが唯一無二のものー「for meだ!」と解釈できるとき、そのことを安心して話せる場所があれば良いと思う。 性にまつわる重力が、生活のどんな領域で、どんな形をとってあなたに影響しているのか、私にはわからない。違いすぎてしまったと感じる。そして、違いが収束する動きは当分見えない。 しかしながら、他者が見る世界、ジェンダーやセクシュアリティの重力負荷や手触りを知ろうと試みることはできるだろう。  だからこの本は、「自分にとって大事な作品について、ナイショ話をするための場」なのだ。ナイショ話だけど、どんな人にも開かれた公共的かつ明るい本でありたい。  ただ一つだけ、了解を得ておきたいのは、“for me”について語りだすとき、不可避的に、痛みの記憶への言及をともないうることだ。他者の傷によってあなたの傷口が開いてしまうことは本意ではない。  〈トラウマについて語ることは困難さをともない、語りを聞くにも十分な準備が必要となる。語り出すまでの沈黙、叫びや息づかいに注意深くなり、時間をかけて言葉を待ちながら、トラウマについて語る人と聞く人の信頼関係を互いに築き、傾聴することが求められる。〉(岩川ありさ『物語とトラウマクィア・フェミニズム批評の可能性』、青土社、2022、40頁)  この場に居合わせた人たちを尊重する気持ちだけ持って、自然体で聞いてくれたらうれしい。 とっておきの話だから、他でもないキミにこそ、聞いてもらいたいのだ。  2025年11月 てぱとら委員会

楽しみにしていただければと思います。一緒に面白い話をしましょう。

よろしくお願いいたします!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

同人誌『とっておきのfor me』は、

11月23日(日)開催の文学フリマ東京にて発行。

イベントのほか、WEB通販【価格は1000円+送料】でも購入できます。

 

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

「てぱとら委員会」通販サイト

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 

父上を超えるの段

忍たまの映画『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』をみました。健康に悪かった。

年明け早々友人に会ったら、開口一番「土井はさぁ……」と語り出したので、爆笑のまま梅田のレイトショーに飛び込むことに。

 

ここでは映画の内容にはあんまり触れません。

そして私は、典型的な異性愛(=“恋愛“)のフレームワークのみでは捉えられない男性への欲望の話をしたいといつも、常に考えています。

 

映画ね、面白かったよ。上級生のグループワークに大学時代を重ねてしまい、かなりの懐かしさを覚えた。

思い返せば前回の忍たま彗星(※大ブーム)の時はまだ15歳?16歳?でしたね。あんまり興味なかった当時の私に、尼子先生の著書から仕入れた忍術知識を日々披露してくれてた人間と今も映画を観に行っていることが信じられません(やってること変わらなさすぎるから)。

15年前の非公式設定が今は公式になっててさぁ、と説明を受け、帰宅してから近年のアニメシリーズをぼんやり流していたんですが。

 

結果、山田先生の一人息子のフリーの売れっ子忍者の山田利吉(18)に心乱される二週間を送ってしまった!!!不覚……………!!!!!!!

 

でもこれには理由があるんだよ。

わりかし温厚な私を激昂させた問題の回、「イライラするの段」を見てもらっても良いですか?

 

www.nhk.jp

↑サムネ愉快すぎ

 

へ〜〜〜、今ってこれ(利吉が小松田さんにイライラするくだり)アニメでやってんだ〜〜〜! 一丁堪能しますか、平成の"萌え"ってやつを😄😄とか思ってヘラヘラ視聴開始したんですよ、、

そうしたらさ、なんか山田(注:同業の親がいると業界内で下の名前で呼ばれるの結構微妙な気持ちになりませんか?)が、「利吉さんはどうして忍術学園に通わなかったんですか?」とか忍たま達に聞かれた流れで聞き捨てならないことを言い出したわけ。

 

「父に習ったのでは父を超えられないだろう?」

「息子が父親を超えようと思うのは当たり前だろう。」

 

オイオイ、、、、、、

山田お前…………そういうこと言う奴だったか??? 15年前は?!?!?!?

なんか……遠目に見てた感じ、あんまりわだかまりなさそうやったやん、山田先生と。

この15年で……もしかして…………私が変わったのか………………!!??*1

 

そうなんよ。「父に習ったのでは父を超えられないだろう?」

伝蔵(山田伝蔵だよ)が教鞭を取っている忍術学園の門をくぐらなかった意地みたいなもの、最悪にわかるんですよね。

仕事一辺倒で情緒的なコミュニケーションを怠る伝蔵が接しやすい父親ではなかったことは察するに余りあるし。映画でもさ、兵法の本(多分そのうち読もうと思って買ったけど忙しくて帰っておらずあんまり読めてない)を家に積んでるところとか、腹立つ父親ポイントをナチュラルに稼いでいて素晴らしかった。

利吉も幼少期は寂しい思いをしたらしいじゃないですか? 軽口叩けるくらい今は関係良さそうだけど、根底にそれなりの屈託がなければこんな妄言サラッと出てこないから。

小松田くんにイライラする理由もわかりますよ!! 自分が全人生かけて目指してきた「忍者たるものかくあるべし」から最も遠い男*2が、なんの気負いもなく(なさそう)に「忍者になりたいんです〜!😆」とか言えちゃうところだよな。でもそれに関して小松田は何も悪くないんだ、狂っているのは、山田だよ。

 

それにしても言うに事欠いて、「息子が」?「父親を」??「当たり前」???(宇宙猫)?????

もうね、このような発言は厳に慎んでほしい。今にEテレ出禁になりますよ。

お母上も優れた忍者なんではないですか?

 

いやね?!お父さんに褒められたい気持ちと親由来の「職業人としてかくあるべし」と、〈男らしさ〉とがぐっちゃぐちゃに癒着した状態って………楽しいか?!?! どうなんだろう。

お前が言うなって話なんだけど、ってか逆に言う資格あると思うんだけど、望めば他にいくらでも選べたのに、父の道を辿らないと人生が始まらないと思い込んだ人間の予後は良くない。

同じ道を行くといつまでも親を超えられず自分の人生を生きられないって痛感するだけや‼️ 仮に何かで超えたとしてその先どうするねん、マジでな❓己のために生きろよ❓

いや……その果てしなさに喜びを感じる場合もあるだろうし…………不全感に苛まれたとしても父-息子の物語に自分を投げこんだ奴が勝手に苦しむのは自業自得で……別に良いんだけど………………。

いやわからん………私がちゃんとしてないから苦しいだけで………フリーの売れっ子(18)に心を寄せる必要はないのか…………??

でも、ちゃんとしようとしたら山田になっちゃうのはすげーわかるんだよな。

 

広いインターネット、私と同じ理由で山田にキレてる人が見当たらなくって何のために広いんだ〜!

エリート二世忍者への妙な解像度だけ高まってせめて萌えられたら良かった。萌えたいよ。

仕事場で山田がこっそりダメージ喰らってそうな二世イジリの妄想には自信があります。誰か二次創作とかで使ってくれませんか?  DMで送ります

 

ていうか、この際山田利吉はいいんだ、どうでも。

 

ここから先は現実の話ですが、実際に存在するじゃないですか。このような、フィクションのような妄言、「父を超えたくて〜」とか真顔で宣う男性が。

も〜〜〜〜〜〜絶対に許せないし信じられないほど愚かに見える。非実在男性の山田相手だから↑みたいなこと言って笑ってられるけど、生身の男性を前にして「私も同じで〜!😄」とは絶対に言えないし。だって娘の私がこういう虚妄にマジになるのって明らかにねじれていて、目の前の女が話に乗ってくるなんて想像もできない彼らの無邪気さと同じなわけがない。

 

さりとて江藤淳も憎い。「さらにこの競争心の奥底に隠されているのは、(中略)男になりたいという欲求である。彼女は男のように「家」を離れ、男のように「出発」したいのである。それはとりもなおさず女である自分に対する自己嫌悪にほかならない。」(『成熟と喪失ー“母“の崩壊ー』講談社文芸文庫,64頁)

マジでうるせえって。何がわかるねん?! 他人事みたいに言いよって!!! 激萎えしながら脳天揺さぶりたい。

 

なので、こういったことを真顔で宣う男性、しかも自分には持ち得ない「優秀さ」をきちんと備えた奴に出会うと、私は、、、、本当に癪に障るのに、絶対にお近づきになる決心をしてしまう!!!!

こいつの「かくあるべし」って絶対どこかで破綻してるだろって確認したいので。どうにかして飲みに行って聞き出して、ヨシ!つって恋愛的/性的な関係には断固として流れないという。

友達にいうと何が楽しいの?ってよく聞かれるけどわからない。隠し持った劣等感とかミソジニーを窺える瞬間的な喜びのほかは、後から来る怒りと虚脱以外に得られるものはないです。

手練手管はインターネットに書かないけど、あくまで友人としてお近づきになっています*3

 

異性愛規範の抜本的解体に繋がるとはまったく思えないものの、大体そのような活動に時間を溶かしてきたなと改めて振り返る機会になった。

悪徳に興奮して頭いっぱいになっちゃう自分と、こんな馬鹿げたこと考えない言わない方が善ですね、と思う自分が………………二人いる!!!!! くだらないから、父殺しとかジェンダーへのこだわりとか。

 

そういえばさっきの『成熟と喪失』の文庫版解説を上野千鶴子が書いてるんですけど。

成人男性を中心化した近代では「社会のすべての成員がそれに自分を似せるか、さもなければそうできない自分を恥じなければならなかった。」(270頁)という問題に触れていて、結局私の原動力ってこれなんですよ。

恥じる必要ないじゃんね。(と言ってられる環境ではなかったんだが、さすがにそろそろやめたいっていう……)

 

で、上野は「自己のアイデンティティの確立」と「構造的な自己破壊」と結びついてしまう「近代」の背理の呪縛から女が抜け出そうとした歴史的な契機として70年代のリブの登場を挙げているんですが(272頁)。その指摘が当たっているとして、自分が「おんな」であることをどこまでも他人事のように感じているなら、呪縛から抜け出す回路をどう開いていけるのかな。

 

でもさ、こういうことも書いた方がどうでも良くなれる気がするからね。このような恥を開帳して生きていこうと思う今年は。

30歳になって山田利吉に心乱されているのも正直クッソ悔しいが、15年前にはわからなかった味わいで最高! あり得ないです本当に。

 

15年って長え〜〜〜。怒りに任せて『落乱』全巻買っちゃったから暇な時にぼちぼち読めることだけがね、大人になって良かったって思う。

このメンバーでまた次も見ようね、忍たま彗星(オタク・友情ロマン)

*1:後で調べたら父親を超えたい設定は連載開始から38年で初出らしいです。この世の全てはタイミング

*2:私は小松田くんが大好きです、ミスの多い生涯を送ってきたから

*3:これが、『推しカプ遍歴インタビュー』のインタビュー内で私がヘテロソーシャルな欲望と呼んでいたものの一形態です

幸福も災厄も父親に由来する

父と話せなかった。この正月も。

 

お前は駄目だと言われた記憶ばかり鮮明だ。

そう言い聞かせたつもりはないのだろうが、父も。

極めて不器用な人なのだ。しかし、不器用という言葉で容赦し、笑ってあげる優しさを私が示せば全てがおしまいだと思う。

投球は大きく逸れて年が明ける。

 

それは例えば、家族旅行で朝食の時間を勝手に日の出前に変えるような不器用さである。寝不足で食が進まない家族を前に「僕は大丈夫」と平らげる。流石に早すぎると不満の声が上がれば臍を曲げて、「一人で見に行ってきたら」と促されても「僕は行かへん」。

家族一緒に初日の出を見たかったと察することはできるが真相は不明。説明不足の幼いこだわりに父権の有無を言わせなさが結びつくと、手がつけられない。

彼は人を褒めない。自分を下げない。格好悪いから右左折のウインカーは出さない。

 

去年『少女革命ウテナ』を見なおして、鳳暁生に対してやっぱりさっぱり怒りも嫌悪も湧かなかった。私が憎んできた男らしさというのは、女をセクシュアルな存在としか見做さないまま感じ良く支配する「王子様」の成れの果てではなかったから。確かに、よそのお父さんはみんな鳳暁生のように見える。いっそそんな風になってくれるなら万々歳とすら思う。それなら清々しい気持ちで机を蹴り飛ばして踵を返せる。

 

その点、『シン・エヴァンゲリオン』は碇ゲンドウの独白を聴きながらそれが実父の言葉なのか自分の言葉なのか判別がつかなくなる混乱をもたらしてくれた。おかしなことだと思う。ゲンドウに娘はない。そしてシェイクスピアの妹のたとえを引くまでもなく、「娘がいたら」という仮定は意味をなさないとわかる。『エヴァ』は初めから息子の物語であり、碇レイは事実として生まれなかったのだから私の物語ではない。

 

ジェンダーのパフォーマンス、ないし構造に従った性差別は高度に社会的な営みである。私が生育過程において、女らしいとされる振る舞いを父親から一切求められなかったことは掛け値なしに幸福だった。たとえ、心の内の期待を明に暗に伝える技量を持たなかっただけだとしても。

それなのに、彼が唐突に世間の真似事をして娘を笑った食卓があった。「お見合いの釣書にその学歴が載ってたらビビるやろ(笑)」小粋なギャグとして繰り出されたのに本当におもんなくて誰も笑わなかった。父のミソジニーへの失望はあったが、それよりもその手つきのまずさに泣きたかった。もっと洗練された狡猾なやり方があっただろうに。

 

このような書き方をするのはフェアでは無い(父娘のフェアネスとは?)けれど、昔の父は、私を時々どやしつけた。

教えておいてやるお前は何をやってもひとの信頼を得られない人間であると説かれた理由はもちろん無数にあるが、とりわけ以下の点は彼の逆鱗に触れた。

・数学と英語の成績が壊滅的に悪いこと

・定刻を守れないこと

・整理整頓ができないこと

・他人の話を聞いていないこと

・怠惰であること

などなど。

 

並べてみると結構かわいい。30歳を迎えた今の今までどの指摘も改善していないがどれだってどうでも良いことで、多分彼が彼自身に課した義務を娘の私が果たせていなかったんだろう。怒号の結びは決まって、「僕が許しても社会はお前を受け入れない」だった。

彼の彼自身に対する怒りが反転して私に向かっていたと仮定するなら、私は、同じように父の不全に腹を立て続けているのかもしれない。

素直に優しくなりたい?  憐れみのようなぬるっとした気持ちが泡立つときも、一挙手一投足への苛立ちがすぐにそれを打ち消していく。

 

あとどれだけ、還暦を過ぎた父が私の前にいてくれるのかわからない。子どもの頃のように目を合わせられる正月はきっと来ない。

今の父は私を傷つけないことしか言わないよう心がけているようだ。それによって会話はすべて上滑りしている。そういう絶望的な破綻を甘受してもなお、誤作動のように、天災のように癇癪は訪れる。

 

※唯一、阪神タイガースについてはそれなりに滑らかな会話が成り立つ。ただし佐藤輝明のエラーが増えると露骨に機嫌が悪くなる。佐藤を擁護するのもNG

 

父ひいては父権にどう向き合えば楽になれるのか。

〈娘に訪れる幸福も災厄も母親に由来する〉とヤマシタトモコの『HER』にある。信じがたい警句だ。

 

同じ学問、同じ資格、同じ職を選んだのはエヴァに乗るような行いだったと思う。私の場合、乗れと命じられたわけではないけど。具体的にどんな仕事なのか、父に尋ねたことはなかったから知らなかった。憧れというよりもその絶対的な権力の源泉のように見えるものに興味があった。まさに父の法。憑かれて近づいて幻滅して、だからどうにか新しくしていきたい。いつだって当たり前にそう考えている。

 

ていうかいま思えば、僕が受けてきた社会の眼差しを教えてやろうなんて態度がまったくズレていておかしい。娘が父と同じ物差しを当てられることはない。それこそが社会の最も苦い部分なのにね。

東京滞在記(前半)

3月上旬に1週間ほど東京に滞在した。東京近郊の水族館と友人を訪ねることが主な目的だ。

合間にTwitterのフォロワーさんに教えてもらった場所を訪れたりもしたので日記を書いてみた。(とはいえあまり行けてないんですが、、)

 

続きを読む



以上の内容はhttps://penpenbros.hatenablog.com/より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14