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2025年のお仕事

さて、2025年もどうやら終わりが近いようだ。今年は色々忙しく様々なことがあったので長く感じたが、何とか無事1年を終えることができそうだ。というわけで今年の仕事を簡単に振り返ってみたい。

著書

去年は英語で単著を出したのだが、幸いなことに今年はその日本語版を出すことができた。もうだいぶ前のような感じがしているのだが、1月出版なので今年である。タイトルは『石油が国家を作るとき』。英語のFueling Sovereigntyを直訳しようとするとうまくいかないので別のタイトルを考えたのだが、タイトルは英語の方が気に入っている。逆に装丁に関しては日本語版の方が良いデザインだと思う。

朝日新聞日経新聞などの全国紙に書評を載せていただけたのはとても嬉しかった。昨日は同門の兄弟子にあたる佐橋亮先生が読売新聞で「今年の3冊」に挙げてくださった。感謝である。

そして英語・日本語での学術書出版の経験に基づいて、出版プロセスについてのエッセイ「英語 de 学術書」を1月から10月まで東京大学出版会のPR誌、『UP』に連載した。ちなみにこれはアップではなくユーピーと読むので注意。ブログもそうだが、私は本来カタい文章よりもふざけた文章を書くのが好きなので、このエッセイは好き勝手に書かせてもらえて毎回楽しかった。なお、この連載は書き下ろしを何編か追加した上で来年書籍化される予定なので、乞うご期待。この年末年始に何とか原稿を書き進めたいと思っている。

論文

今年も年内に刊行までこぎつけた論文は、英語のブックチャプターが1つという、若干物足りない結果になった。粕谷祐子先生らが編集されたRoutledge Handbook of Autocratization in Southeast Asiaに寄稿した、ブルネイに関する章がそれである。autocratization(権威主義化)といっても、ブルネイは建国以来常にトップクラスの権威主義を突っ走っているので、近年権威主義になったとかそういう次元の事例ではない。なので、そもそもなぜこういう体制が生まれたのかという歴史的な視点から、自分のこれまでの研究に依拠してレビューしたものになっている。

今年はあと2つ英語でブックチャプターの執筆を行った。1つは既に手を離れ、うまく行けば来年出るのと、もう1つは以前参加したワークショップから派生した編著本に1章書いており、こちらももうすぐ手を離れる予定。

しかし3つブックチャプターの執筆をして感じるのは、編者の性格によって負担は大きく変わるというか、編者がマイクロマネジメントをするタイプだと大変だということである。上記のハンドブックや、残り2つのうち1つは熟練の先生が編者で、生産的な修正提案をしつつ、最終的な決定はあなた次第ですよ、という形を取ってくださり、非常にやりやすかった。指摘も頷けるものばかりであったし、これだけの大家が自分の原稿を評価してくれて、こちらの決定を尊重してくれるのはありがたいことである。一方で、残り1つの編者は、若手で張り切りすぎているのもあるのかもしれないが、原稿を「自分がこうしたい」という方向性で書かせようとしてきて、非常にストレスだった。正直なところ、それが出ようが出まいが私にとって大した違いはないため、「修正提案(というより指示)の大半には従えないので、それが必須であれば私は降りた方がいいと思う」という趣旨のメールを送って、最終的にはほぼ修正しないことを納得してもらった。

去年も同じようなことを書いているのだが、研究にかけられる時間は有限ということもあり、今後はよほど大恩のある人からの依頼や、純粋に興味の持てるプロジェクト以外のブックチャプターについては、かなり慎重に参加を検討することになると思う。そろそろ適切にNoと言う訓練をしないと、本質的でない仕事に忙殺されることになる。もちろん読者が多いと期待されるハンドブックや、興味の持てるものに関しては今後も参加するだろうけど。

一方、今年は逆に自分が編者側になるという経験もしている。とあるジャーナルの書評特集号の編集者をやっているのだが、これはこれで大変だ。というのも、寄稿をOKした人が、締め切り直前になって「時間が取れなかったからやっぱり無理!」と言ってきて、それを何とかなだめすかして1ヶ月延長したら、結局書けなくてバックレたり、締切が過ぎた別の著者にリマインドしたら「2ヶ月先なら出せる」と言い出して、結局延長した締切も連絡なく守らなかった上に、私のリマインドメールに対して「何回もやめようと思ったが、あなたのためにやり遂げることにした」などという(クソ恩着せがましい)メールとともに、規定語数の半分程度の書きかけ原稿を送ってきたりするからである。一方で早期提出してくれた人たちは、このような事情で延長をせざるを得ないことを謝罪する私のメールに対して心温まる返信をくれたりと、まあ悪いことばかりではないのだが、こういうunpaid laborについては色々と考える1年だった。

それ以外に、まだ出ていないというか、出るかわからないのだが、今年は非常に重要なR&Rが1件あり、今月修正版を再投稿したところだ。何とか来年モノにしたいと思っている。

教育・学務

今年は公共政策・法学政治学研究科・法学部の合併で後期に1つゼミを担当している。2年前に英語で教えた授業を日本語で教えるという試みだが、英語で教えた時とはまたかなり違う経験になっている。学生に自発的に活発な議論をしてもらうというのは、かなり難しい。決まったフォーマットの論文を読んで内在的な議論をする、という場合はもう少しやりやすいのかもしれないが、本の一部を何冊かアサインして大きなテーマについて議論する形になるとやはり難しいようである。もう少し現実的に、文献の数を絞ってじっくり読んでいくような形にした方がいいのかもしれない。まだまだ私には教育経験が少ないので、教訓になったが、一方で自分が教育をわりと楽しめる方だということに気づけたのはよかった。来年度はいくつか新たな授業の準備をしなければならないので、頑張らないと。

学務としては、諸々の日常的な業務の他に、東大が毎年やっているTokyo Forumというシンポジウムで、パネルの企画と司会を1つ担当した。経緯から言えば自分からやりたいと言ったわけではないのだが、NHKエンタープライズの人たちの仕事の舞台裏をちょっと垣間見たり、多少新たなつながりが生まれたりと、これはこれで面白い経験ではあった。大変だったけど。まあ我々は研究者であると同時に、「大学官僚」や「大学社員」でもあるのだろう。

その他

ありがたいことに、英語版の著書に対して、第46回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」を頂くことができた。アジ研にはもともと知り合いの先生方も多いが、授賞式や懇親会では新たに色々な方とお話ししたところ、楽しそうかつサポートも充実してそうで、職場環境として素晴らしい場所に見えた。

英語版に対しての賞のため、日本語版の帯に書いたりできないのが残念。日本語版は国際開発研究大来賞という賞の最終候補に残っていたようだが、そちらは受賞には至らなかった。

あとは、今年はやたらと書評をする年でもあった。上記の書評特集号もそうだが、その他に英語で1件、Liquid Empireという本の書評をPolitical Science Quarterlyに書き、日本語で1件、Worldmaking After Empireという本の書評を『国家学会雑誌』に書き、そして『UP』で半年に1回の書評を担当することになった。

そんなこんなで、年の暮れ。良いお年を!

 




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