大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

【新春恒例企画】2021年のIT産業はプロ野球12球団がキーワードに!?

読売ジャイアンツの本拠地である東京ドーム

 2020年は、まったく予想しない1年となった。

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、世のなかは一変し、生活の仕方や働き方も大きく変わった。これだけの変化があった1年はなかっただろう。

 筆者の取材活動も大きく変化した。2019年には10回におよんだ海外取材は、2020年は、1月に米ラスベガスが開催されたCES 2020の取材の1回だけ。国内出張取材も年間22回に達していたが、2020年4月以降は、出張どころか、リアルの現場での取材はゼロになった。

 新製品発表や事業方針発表だけでなく、社長交代会見や大手企業同士の提携会見などもオンラインだけで行なわれたり、大手企業のトップインタビューもオンラインで実施したりできるようになり、自宅にいながら、経営の中枢からコメントをもらえるようになっている。地方の工場取材でさえも、オンラインで行なえるという状況だ。

 会社に出社することがないフリーランスという立場であることも影響して、仕事で外出しない日が、9カ月も続いている。しかもそれは、もうしばらく続きそうだ。

 だが、振り返ってみると、IT/エレクトロニクス産業の柔軟性と力強さを感じた1年でもあった。

 たとえば、手元の手帳を見ると、2020年3月の1カ月間で行なわれたオンライン会見の数は約30件。あっという間に、オンライン会見に移行して見せた柔軟性はほかの業界にはないものだったと言えるだろう。いまでは1週間に20件以上のオンライン会見が行なわれるのが日常だ。

 また、2月時点で原則在宅勤務を打ち出したIT企業が複数あるなど、新たな働き方への移行にも積極的だった。劇的な環境変化のなかにおいても、柔軟に働き方を変え、力強く事業を継続した企業が多かったのも、IT/エレクトロニクス産業の特徴だった。その底力を強く感じることができた1年だった。

 では、2021年は、果たしてどんな1年になるのだろうか。毎年恒例の言葉遊びで、この1年のIT/エレクトロニクス産業の行方を見てみよう。

 2021年は、プロ野球12球団のチーム名の頭文字に、IT/エレクトロニクス産業のキーワードが隠れている。

 12のキーワードというのは、例年よりも数が多い。それだけ多くのキーワードが、IT/エレクトロニクス産業を取り巻いていると言える。言い換えれば、社会が大きく変わる転換点において、IT/エレクトロニクス産業には多くの期待が集まり、それを解決できるテクノロジとソリューションを持ち、多くのビジネスチャンスが待っているということでもある。

 数も多いので、今年(2021年)は、例年よりもテンポ良くいってみたい。気軽な気分でお付き合いをいただければ幸いである。

セ・リーグ6球団から見るIT業界のキーワード

 まずは、セ・リーグから見てみよう。

 セ・リーグ覇者の 読売ジャイアンツの頭文字である「G」 には、GIGAスクール構想を当てはめたい。

GIGAスクールはパソコンの需要を促進した

 政府が打ち出した児童生徒に1人1台を整備するGIGAスクール構想は、2021年3月までに小中学校での整備がひとまず完了し、2021年度は高校での整備が本格化する。2020年の動きを見ても、GIGAスクール構想がパソコンの新たな需要を創出するとともに、メーカーの勢力図にも影響を及ぼすことにもつながったが、その影響は2021年も続くことらになりそうだ。

 とくに、GIGAスクール構想によって、Chromebookが一気に存在感を発揮しはじめた点は見逃せない。小中学校の導入では約5割をChromebookが獲得したとの見方もあり、これがコンシューマ市場にどう波及するかが、2021年の注目点だと言えるだろう。

 2位となった 阪神タイガースの「T」 の頭文字は、テレワークを意味する。

 日本マイクロソフトの調査では、5月時点で中小企業の89%がテレワークを実施したという結果が出るなど、コロナ禍において、多くの企業がテレワークを積極的に採用したの周知のとおりだ。テレワークに明け暮れた1年だった読者も多いだろう。

 それに伴い、ZoomやTeams、WebExといったコラボレーションツールが一気に普及する一方、オフィススペースの削減や通勤定期代の削減などといった動きも見られた。2021年もテレワークは私たちの働き方において欠かせないものになるのは間違いない。

 より効果的なテレワーク環境の実現や、リアルな働き方との連携、社内文化の醸成や制度変更など、さまざまな面での進化が見られる1年になるだろう。ここで、IT/エレクトロニクス産業が果たす役割は大きいと言える。

  中日ドラゴンズの「D」 では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の「D」も重要なキーワードだが、今年はあえて、デジタル庁の「D」としておきたい。

新型コロナウイルスによって浮き彫りになったデジタル化の課題(首相官邸の資料より)

 菅政権の目玉の1つであるデジタル庁は、2021年1月18日から開かれる通常国会において、デジタル庁設置法案が提出されるとともに、IT基本法の抜本的改正案、番号法や個人情報保護法などの法案が一気に提出されることになり、これらが可決されると、2021年9月にも、デジタル庁が創設され、新たなIT政策のもと、「デジタル敗戦国」からの脱却に向けた取り組みが本格化することになる。コロナ禍において浮き彫りになった日本のデジタル化の課題が解決されることを期待したい。

  横浜DeNAベイスターズの「B」 は、ビッグデータである。IoTやエッジコンピューティングの広がりなどにより、生成されるデータ量は爆発的に増大する一方、AIやマシンラーニング(機械学習)の進化において、データはより重要な意味を持つようになっている。「データは、21世紀の石油」という表現もあるが、2021年は、ますますデータが重視される1年になってくるだろう。同時に、データの質にも改めて脚光が当たる1年になりそうだ。

  広島東洋カープの「C」 は、先に触れたChromebookの「C」も捨てがたいが、今年はあえてCPUの「C」としたい。と言うのも、2021年はIntel包囲網とも言える状況が顕著になりそうだからだ。IntelのCPUの供給不足が続くなか、AMDのCPUがシェアをじょじょに拡大。他方で、Armのアーキテクチャを活用したCPUが新たに台頭しはじめてきた。

 Appleは、ArmをベースにしたM1チップを独自に開発し、これを搭載したMacBookなどを市場投入。圧倒的なコストパフォーマンスの高さを見せつけているほか、Microsoftでも、Armをベースにした自社ブランドのCPUを、同社のパソコンであるSurfaceに搭載する姿勢を見せている。

Appleが開発したM1チップ

 ArmベースのCPUは、AWSが独自開発のGravitonシリーズとして同社のクウラドサービスに活用したり、世界最高性能を誇るスーパーコンピュータの富岳でもArmベースのプロセッサを利用したりといった成果がある。もちろん、スマートフォンでも数多く利用されているアーキテクチャであり、汎用性の高さも特徴だ。CPUを取り巻く勢力図に、どんな影響をおよぼすのかが注目される1年になりそうだ。

 そして、セ・リーグの最下位となってしまった 東京ヤクルトスワローズの「S」 では、サブスクリプションを挙げておきたい。コロナ禍において、テレワークへの移行を図るさいに、ノートパソコンの調達に追われた企業が多かったが、そこでは、初期投資の負担を引き下げるサブスクリプションに注目が集まった。

 これまでは、クラウドサービスなどで一般化しているサブスクリプションであるが、2021年は、パソコンやタブレットといったハードウェアのほか、アプリケーション、保守、サポートまでを含めたかたちでのサブスクリプションモデルの浸透が進みそうだ。

 パソコンメーカー各社も、それに向けた準備を着々と進めており、必要なときに、必要なデバイスやサービスを利用できる仕組みとして、企業のニーズに合致しそうだ。

 一方で、スマートシティスマートファクトリーなど、デジタルの活用によって進化するスマートの「S」も、あちこちで聞かれる1年となりそうだ。

パ・リーグ6球団から見るIT業界のキーワード

 続いてパ・リーグである。

 日本一となった 福岡ソフトバンクホークスの「H」 では、「ハイブリッド」がキーワードとなる。これは2021年のIT業界にとって、極めて重要な言葉となりそうだ。

 エンタープライズ分野では、ハイブリッドクラウドの進展が注目されるほか、働き方においても、出社と在宅勤務を含み合わせたハイブリッドな勤務体系が増えていくことになるだろう。

 さらに、アナログとデジタル、あるいはリアルとバーチャルを組み合わせた体験やサービスが増える1年になりそうだ。そこにIT/エレクトロニクス産業が活躍できる範囲は広いだろう。

 パ・リーグ2位の 千葉ロッテマリーンズの「M」 は、モビリティの「M」としたい。5Gによって、モビリティ環境の整備が整うほか、移動を含めたモビリティ全体を、サービスとして捉えるMaaS(Mobility as a Service)も、進展する1年になりそうだ。

 「M」としては、マイナンバーカードも追加しておきたい。2020年12月時点での普及率は約24%と、4人に1人が所持しているに過ぎないが、2021年3月からは健康保険証としても利用できるようになるほか、普及促進策としているマンナポイントの付与も2021年9月まで延長することが決まった。

 政府では、マイナンバーカードを「デジタル社会のパスポート」と位置づけ、2022年度末までにほぼすべての国民への普及を目指しているが、その目標達成に向けて、2021年は重要な1年になる。

  埼玉西武ライオンズの「L」 という頭文字からは、IT業界では、ローカル5Gの普及が注目されるところだが、今年は、ローコード/ノーコードのほうを入れておきたい。

 少ないコードやまったくコードを書かずにコードでアプリケーションを開発することができるローコード/ノーコードによって、コーディングのノウハウを持たない人でも短期間にアプリケーションを開発したり、業務フローの自動化が行なえるため、現場のデジタル化を支援したり、DXを促進したりできるのが特徴だ。

 2020年は、神戸市の職員が、Microsoft Power Platformを活用して、わずか1週間で、市民が特別定額給付金の申請状況などを確認できるサイトを構築した例が注目を集めたが、こうした現場主導型でのアプリ開発が数多く起こることになりそうだ。

  東北楽天ゴールデンイーグルスは、一般的にイーグルスと呼ばれることが多いことから、今回は「E」 として、キーワードを探りたい。

 ここでは、eスポーツを挙げておこう。おうち時間の増加とともに、この1年で、ゲームをプレイする時間が増えたという人も多いだろう。ゲーミングパソコンの需要が増大するとともに、クラウドゲームの広がり、周辺機器の充実など、eスポーツを取り巻く環境が整備されている。

 また、離れた場所にいる人々との社会的つながりを維持する手段の1つとして、あるいはプレイヤーだけでなく、ファンを巻き込んだ新たなビジネスとして、eスポーツが広がることも期待されている。

 しかし、eスポーツをゲーミングとして広く捉えれば、ゴールデンイーグルスを、あえて「E」とせず、「G」のままでもよかったかもしれない。

 なお、「E」としては、エッジコンピューティングが注目される1年にもなりそうだ。

  北海道日本ハムファイターズの「F」 では、スーパーコンピュータの富岳を取り上げたい。

世界4冠を獲得したスーパーコンピュータ「富岳」

 理化学研究所では、すでに富岳の搬入が完了し、2021年中の本格稼働に向けた調整を進めている段階にある。2020年11月には、スーパーコンピュータに関する世界ランキングである「TOP500」、「HPCG」、「HPL-AI」、「Graph500」の4部門において、2位に大差をつけて1位を獲得。

 新型コロナウイルスの感染対策などの研究においてリソースの一部を先行利用し、飛沫シミュケーションや治療薬候補の同定などで成果をあげている。2021年の本格稼働によって、日本の社会にどんな貢献をしてくれるのかが楽しみだ。

 ちなみに、「F」という点では、Fintechによる金融とテクノロジとの融合も、2021年はさまざまなことが起きそうな領域だ。

  オリックス・バファローズの「B」 は、セ・リーグの横浜DeNAベイスターズの「B」と重なるが、こちらの「B」では、ビリオン(10億)という数字の単位に置き換えて、市場規模が10億ドルを突破したVR(Virtual Realty)をあげておきたい。

 VRは、プレイステーション向けのPlayStation VRなど、ゲーミング用途での利用が普及の原動力となっているが、今後注目を集めそうなのが教育利用や業務利用だ。ここでは、MR(Mixed Reality)やAR(Augmented Reality)も加わり、現場や実物がなければ体験できなかった教育を実現したり、遠隔地から指示を行ない、操作したり、メンテナンス作業を行なったりといったことも可能になる。

 また、現場に行かなくてはできなかった営業活動や提案での用途も期待される。マンション販売などでは、建設前の室内の様子を、VRなどを活用して見せるといったのはその一例だ。コロナ禍で人との接触を避けたり移動が制限されたりといったなかで、エンターテイメント性を追求したり、新たな教育の仕方や、業務への利活用か模索される1年になりそうだ。

 もう1つ「B」としては、Bluetoothの普及も見逃せない。

 なぜ、いまさらBluetoothなのか、と思う読者がいるかもしれない。もちろん、在宅勤務などによって、Bluetooth接続が可能な周辺機器の売れ行きが好調な点も見逃せない。だが、Bluetoothの成長はむしろこれからが本番だ。

 Bluetooth SIG(Bluetooth Special Interest Group)によると、2020年には、全世界で46億台のBluetoothデバイスの出荷が見込まれ、今後5年間は年平均成長率8%で市場が拡大。2024年には、年間に62億台のBluetoothデバイスが出荷されると見込まれているのだ。

 その背景にある理由の1つが、クルマへの搭載が加速するという点だ。現時点でも、乗用車、トラック、SUVなどの新車の87%にBluetoothが搭載され、スマートフォンによるカーオーディオへの接続だけでなく、キーレスエントリーシステムでの採用や、IoTデバイス接続による運転手の健康状態の確認、タイヤの空気圧のモニタリングなど、Bluetoothの活用範囲は多岐にわたっているという。

 こなれた技術でありながらも、継続的にこれだけの高い成長を遂げる技術は少ない。2021年も応用範囲の広がりに注目しておきたい技術の1つだ。

在宅勤務の増加で注目されるパソコンとセキュリティ

 ところで、2020年は、コロナ禍でのテレワークの浸透によって、パソコンの役割が改めて見直された1年だったと言えるだろう。

 在宅勤務や在宅学習においては、スマートフォンやタブレットよりも、生産性を高めることができる最適なツールとして、パソコンを活用することが増え、国内のパソコン市場も想定を上回る需要で推移した。

 その一方で、セキュリティの課題も浮き彫りになった。テレワークへの移行に伴って、パソコンなどのデバイスを自宅に持ち帰って利用しはじめたことで、社内で利用しているのに比べて、セキュアな環境を維持できなくなったり、社内からの持ち出しが禁止だった情報を持ち出すことが増えたりといったことも起きている。

 2021年も、テレワークは新たな働き方として定着するのは明らかだと言えるだろう。「セキュア」な環境で、「パソコン」を利用できるようにすることが大切な要素になる。

 つまり、セキュリティの「セ」と、パソコンの「パ」が大切になる。これは、セ・リーグとパ・リーグの頭文字だ。2021年は、引き続き、セとパに、注目が集まる1年となりそうだ。