ポストケインジアンのマルク・ラヴォアは、自著でマクロ経済学の様々なパラドクスについて説明している(表1)。本稿の内容はラヴォアの著書に基づいている(Lavoie, 2022, pp.17-24; p. 94)。これらの多くはマクロ経済学を知るものにとっては常識と言えるものであるが、新古典派・主流派の経済学者が重要なパラドクスをいくつか無視あるいは忘却していることがしばしばある。
これらは一般には「合成の誤謬(fallacy of composition)」と呼ばれるものに対応している。「売れたものしか生産されたことにならない」、あるいは「誰かの支出は誰かの所得である」、「誰かの借りは誰かの貸しである」といった当然の事実を認識していれば、個々の経済主体にとって合理的とみられる決定は、誰もが同じようにすれば社会全体にとって非合理な決定となることが理解できるだろう。
表1 全体論:ポストケインズ派のマクロ・パラドクス
・節約のパラドクス (Keynes 1936)
貯蓄率が高まると、かえって生産が減る
・政府赤字のパラドクス (Kalecki 1971)
財政赤字が増えると、民間の利潤が高まる
(あるいは財政赤字が増えると、政府債務対GDP比が改善する)
・コストのパラドクス (Kalecki 1969; Rowthorn 1981)
実質賃金が高まると、かえって利潤率が高まる
・開放経済のパラドクス(Blecker, 1989)
全ての国々が利潤優先型レジームであっても、実質賃金が高まると高成長につながる
・柔軟性のパラドクス 1 (Tobin 1980; Caskey and Fazzari 1987; Krugman 2012)
名目賃金や価格が柔軟であるほど、民間債務の悪影響が大きくなる
・柔軟性のパラドクス 2 (Seppecher 2012; Dosi et al. 2017)
使用者側が簡単に採用・解雇できるほど、雇用が減少する
・柔軟性のパラドクス 3 (Carnevali et al 2020)
輸出財の価格硬直性は貿易収支を安定させ、輸出財価格が為替レートに敏感だとそれを不安定化させる
・予測のパラドクス (Dosi et al. 2020)
個々の企業がよりよく予測できるようになっても、全体のマクロ経済的パフォーマンスは改善しないであろう
出典: Lavoie (2022)の表1.4(p.18)の記述に、文献本文の記述に基づいて加筆を行った
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