以下の内容はhttps://paramagurubhyo-namah108.hatenablog.com/entry/2026/03/20/232319より取得しました。


続 瞑想のお話

 

                             

先に私は「瞑想という行為一般」についてすこし皮肉めいたことを書いてしまいましたが、実は私じしん、ちまたで「瞑想法」の範疇に含まれるいとなみにはだいぶ長い歳月関わった者でして、酔狂にも人生のほゞ大半を使いました。じっさいに師に就いたもの、単なる文献上での思索をふくめて、瞑想にまつわる問題点はあるていど自分の中で整理できたんじゃないかと考えています。

巷のスピリチュアル関係の出版物、セミナー、ブログには「瞑想」の二文字が溢れかえんばかりで、その市場の顕在力、潜在力には驚きと一抹の不安を掻き立てられます。

私が中学生くらいの頃は、「瞑想」は禅宗の座禅、というイメージしかありませんでした。当時、私が手に取ったのが『天台小止観(テンダイショウシカン)』(※1)の現代語訳でした。そこに書かれているお作法に従い、自分の部屋で座り始めました。我流の座禅のまねごとです(※2)。

やっていたことは足を組んで、背骨を真っ直ぐにしてすわり、じぶんの息を数えながら意識をそこにつなぎとめるという、いわゆる「数息観」(スソクカン)という初歩の観法です。

最初はけっこう長く座っていただろうと思ったら5分しか経っていなかったのが、数日続けたら40分という時間があっという間に経過していました。意識や時間の感覚がのびたりちぢんだりすることにまずびっくりしたのを覚えています。実家から歩いて五分以内のところに曹洞宗のお寺がふたつもあったので、頼みこんで本堂を借りて座らせてもらいにいったのもこの頃でした。

数息観が面白くなってくるに従い、いわゆる魔境(マキョウ)と呼ばれる一種の幻覚も始まり、高校に上がった頃にはそのバリエーションも増えてきました。医学的には間違いなく危ない徴候のさなかにあったと思います。

ただ、そういう自分を淡々と眺めつづけていることができたのと、なぜか幻覚を使って遊ぶ心の余裕もあったので、学校には普通に通っていました。最近分かった事ですが、当時の私のいろんな幻覚は、国籍、人種を問わず多くの人が同様の体験をしているらしく、わりと凡庸な出来事に過ぎないということが分かっています。

さて、私たちがなんらかの瞑想法というものに親しみ、一定のレールに乗れるようになりますと、大抵、心身のすっきりとした感じや、時に視界が以前より美しく見えたり、理由なく独特の喜びが風のようにすっと心に入ってくるような感覚が生じてきます。

こうなっていきますと、瞑想ジャンキーになっていく人達がいます。瞑想法の実践をとおして、人生は穏やかで楽しい方がいいのですが、瞑想ジャンキーは実生活ではかなりズレた人、と認識されてしまうかもしれません。

みなさんはもう薄々お気づきだと思いますが、私がそうでした。

本日もお読みいただきありがとうございました。
 

〔本日より浴油に入りましたのでしばらくの間、記事はおやすみになります〕

(※1)一般に天台大師智顗の弟子・灌頂著。智顗の『次第禅門』の要約であるという研究があります。このテキストは「禅門の入門書」ということになっているが、それだけでは済まない内容のようです。
(※2)座禅は正師について学べば安全です。我流でやりますと、どんなに頭がすっきりしし、気持ちよくなっても「仏教の座禅」ではなく、高確率かつ自動的に「野狐禅」「天狗禅」に移行します。そこを脱出するためには結構なコストがかかるでしょう。




以上の内容はhttps://paramagurubhyo-namah108.hatenablog.com/entry/2026/03/20/232319より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14