
先のお話(天道のおはなし - 満願寺教會ブログ)では、天道、つまり神々の住む世界に人が生まれ変わったら、あるいはその世界に生きている生き物に、どんなことが最終的に起こるか、というものでした。
重複となりますが、天道に生まれかわった人は、五感をとおして楽しくこころよい感覚を、長い歳月にわたってこれでもかというくらい受け続けるたいへん結構な存在の仕方なんですね。しかし、それらの楽をもたらす因が尽きた時に、「天人五衰」と呼ばれる徴候があらわれます。この徴候があらわれると、他の天人たちは手のひらを返すがごとく態度が冷たくなり、雑草のようにあしらわれる、という『往生要集』の描写は読んでいて切ないものがあります。手のひら返しって人間世界でもままありますよね。
『往生要集』のメッセージが当時の平安貴族に与えた影響は実に大きいものでした。そこから阿弥陀如来の浄土に往生——いまはやりの「異世界転生」——を願う巨大なうねりとなり、それが鎌倉時代に一遍、法然、親鸞などの浄土宗系の祖師を生み出しました。
そのように、阿弥陀如来が住まうという極楽への往生信仰は、身分の上下を問わず圧倒的な人気を誇っていました。ところが、他の浄土への転生を意図的に選んだ僧侶たち(※1)もいて、その浄土の名を「兜率天(トソツテン)」(※2)といいます。
兜率天、末尾に「天」とあります。この浄土は、苦楽の転変を免れ得ない天道のなかにある世界とされています。面白いことに、この兜率天という世界は、身体的・物質的な煩悩がまだ残存している神々の世界であるにもかかわらず、仏陀のさとり、ニルヴァーナのはたらきが強く流出している特殊な場=「内院(ナイイン)」が存在しているといいます。天道のなかにありながら「菩薩たちが修行する世界」が内院。それ以外は「外院(ゲイン)」といい、他の天道とさして変わらないらしいです。
兜率天の「内院」へ転生することに成功すれば、弥勒菩薩(ミロクボサツ)(※3)からちょくせつ教えをうけることができ、また地球の時間単位で56憶年後くらいに、ふたたび如来となった弥勒と一緒にこの娑婆世界に下生し、救済活動をする、と。
ところで、阿弥陀如来の極楽世界と、弥勒菩薩がげんざい御修行中の兜率天はどちらがすぐれているか?という論題が古来からあったらしいです。『弥勒上生経』(※4)を読むと、浄土の描写はあんまり変わらないような気がしますし(情景の豪華絢爛さとダイナミックさでいえば兜率天が上かも)、『往生要集』を書かれた源信さまは、あれだけ力強く極楽往きを薦めていても、最終的にはどちらがすぐれているとはいえない、と結論しています。
一説に、阿弥陀如来の極楽より、兜率天内院の方が転生しやすい、という考え方もあるようです(※5)。私は?といえば、中観よりも唯識(※6)がわりと好みですので、兜率天内院にあわよくば転生して弥勒菩薩に直接教えを乞いたいと考えていますが…。
本日もお読みいただきありがとうございました。
(明日より浴油祈祷に入る為、暫く間記事の投稿はお休みになります。)
(※1)道昭(629∼700)、行基(668∼749)、空海(774~835)、貞慶(1155~1213)、明恵(1173∼1231)、唯心坊上人(鎌倉時代生没年未詳)など。
(※2)原語トゥシタの音写。「満足した」の意。お釈迦様もこのシャバ世界に生まれる前にはこの世界におられたと原始仏教時代から考えられていたらしい。
(※3)原語マイトレーヤ。「慈氏」と訳される。お釈迦様が涅槃された後、地球時間の約56億年後に再び、この世界に転生してくるといわれるのが弥勒菩薩。現在は兜率天の内院で「ご修行中」ということになっていますが、その差は仏陀と紙一重くらいのようです。唯識派の巨匠アサンガは兜率天内院で直接教えをうけたという伝説があります。
(※4)原題名『佛說觀彌勒菩薩上生兜率天經』(大正藏第 No. 0452) 。
(※5)無住著『沙石集』「弥勒行者事」参照。
(※6)唯識は中観と並ぶ大乗仏教思想の二大メインストリームで、この唯識思想の大成者アサンガと弥勒は、その成立において密接な関係があるようです。しかし、単なる後付けの神話だと考える学者も多いです。私は密教の位相として考えれば本当だったと思いますが。