
先の記事 ( アングリマーラのお話 - 満願寺教會ブログ )で、おそるべき元山賊に仏陀がかたりかけた言葉にこういうものーーー「忍べ、婆羅門(バラモン)よ」ーーーがありました(※)。
このお経、すなわち『アングリマーラ経』の文脈では、アングリマーラに加えられた暴行による身体的な苦痛はとうぜんのことながら、おそらくは、どうじに罵声や罵倒とともに、彼の出家者としての志そのものを否定されたことによる精神的な苦痛という二重の苦が彼の中にあったのではないか、と私は想像しています。
アングリマーラは、999人も殺害をおかし、その家族を悲しみの底に沈めた悪業により、まさにこの現世においてむくいを肉体的、精神的に受けていますから、その因果関係がはっきりと分かりやすいんですよね。
ところが、こんにちの仏典研究では、アングリマーラのような分かりやすいお話だけでなく、仏陀をはじめ、直弟子たちがさまざまなあざけりや迫害を受け、それによく耐え忍んだことがわかっています。なかには弟子の中で神通第一とされた摩訶迦葉尊者(マカカショウソンジャ)のように、迫害で命を落とされた方もおられます。古代インド社会で、王族から庶民にまでひろい尊敬を集めていた仏陀とその直弟子たちにいったいなんの過失があって、そのような苦難に遭遇されたのでしょうか?
その疑問については、いつかまた別な記事で書いてみたいのですが、今日はこの「忍ぶ」ことについてもうすこし考えてみたいと思います。
インドの初期仏教徒からはじまり、のちの大乗仏教がさかんになってからも、彼らがなんらかの忍ぶということを余儀なくされたことはおそらく間違いなく、また忍ぶことが重要な修行と考えられていました。
それを「忍辱(ニンニク)」といいます。インドの古語ではクシャーンティとかカンティといいます。これが中国で漢字に翻訳された時、辱めを忍ぶ、「忍辱」と訳されました。経典によっては忍耐という訳もあるようです。ここでは、まず仏教修行という生き方にはつねに他者による「辱め」がつきまとっていて、それを耐える、ということが前提であった、ということだけ確認できればいいと思います。
お坊さんになって精進努力し、修行し、学問をおさめたりして、尊敬される人になるーーーそんな期待はあってしかるべきですし理解もできます。しかし、仏典をよむかぎり、仏道という生き方は、けっしてうつくしいスポットライトがあたるだけではなかったし、今も、これからもそうだろうということなんですね。本質的に。
『法華経(ホケキョウ)』という初期の大乗仏典には、常不軽菩薩(ジョウフギョウボサツ)という方が登場しますけれど、この方は、すべての生き物のこころの奥にやどる「仏になる性質」を拝み続けました。道で会う人、会う人を拝んで回ったのです。しかし、人々にあざけられ、棒で打たれ、身体から血を流しても相手を拝みつづけた結果、さいごには未来に仏陀になる預言を受けたというお話があります。
仏陀を目指す道は、華やかなものではなく、むしろけわしく、地味なものであります。
しかし、このようなお話をよまれたあなたが、そこにみずから飛び込んでくるかもしれない、と私はひそかに考えています。
本日もお読みいただきありがとうございました。
(※)アングリマーラは、もともと婆羅門(バラモン)と呼ばれる、インドの階級制度の最上位の出身であったことから、仏陀からもそのように呼びかけられています。