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ににと考える【 功利主義 】

就寝前の約30分、布団に入り枕灯をつけて各々自由に過ごす、それが私とにに(長男)の日課だ。

大概は本を読んで過ごすのだが、時々ににからお話をせがまれることがある。

様々なお話の中でも、ににがとりわけ好むのが高校の授業の話。

私は学生たちに倫理を教えており、ににもまたそれを知っていて、倫理を学びたがるのである。

せっかくの1対1の授業、語ってばかりではににも退屈だろうと色々と質問を投げかけてみるのだが、その回答がなかなか面白い。

やりとりの数もたまってきているが、何もしなければいつかは忘れてしまうだろう。

それももったいないように思い、記録を残すことにした。

ある日の夜、テーマは功利主義であった。

私はベンサムやミルを引用しつつも極力平易な言葉に置き換えて説明を試みた。

功利主義とは結果に基づいて幸福を最大化しようとする思想であり、その目的を達成するための方法として、しばしば報酬や制裁が用いられることを強調した。

私は例をあげることにした。

私「例えば教室の掃除をさぼった生徒がいたとして、そのせいで教室が汚れてしまったとする。

こうした事態を防ぐために、以降掃除をさぼった生徒がでた場合は罰を与えることにする。

すごく面倒くさいお手伝いをさせるとかね。

すると生徒たちはこの制裁を回避しようと掃除をさぼらないようになり、結果として教室は綺麗に保たれる。

こういうやり方は功利主義的だね」

に「なるほど、逆もそうなの?」

私「聡いね、その通りだよ。

例えばテストでいい点数をとったらゲームを買ってあげる約束をしたとする。

するとこの報酬がその子のやる気を刺激して、結果としてよく勉強するようになる。

これもまた功利主義的なやり方だ」

に「よくわかった。

ところでそれは善いやり方なのかな?」

正直言うと、私は少し驚いた。

というのも、ににが功利主義を理解しようとするだけに留まらず、その妥当性を検証しようとしてくれたからだ。

考えを知り、それを用いてさらに考えを深めようとする、そういう姿勢を持ってくれること程、倫理教師にとって嬉しいことはない。

私はあえて聞き返した。

私「ににはどう思う?」

ににはしばらく黙ると(ににはこういう時本当に黙る。それも結構な長時間。5分以上黙る時もあって、聞いたこちらが「え?もしかしてこの会話もう終わった?」と焦るくらいである。でも大概はちゃんと考えている)静かに答えた。

に「わからない。少し時間が欲しいかも」

その日はこれでお開きとなった。

 

 

後日、私は高校生に同様の質問、功利主義は善いやり方か否か、を投げかけてみた。

余談だが、私は高校生に対してもににに対しても、言葉の使い方や引用する事例にこそ違いはあれど、倫理についてほぼ同じ内容のことを伝えている。

「子供には難しすぎるのでは?」と言われることもあるが、まったくそんなことはないどころか、むしろ侮れないことも少なくないくらいだ。

数学や国語などの実学は学習に段階を経る必要があり、ある程度時間がかかる。

しかし倫理は、年齢を問わず誰もが取り組めるし楽しめる、と個人的には考えている。

話を戻そう。

私の問いかけに対して、生徒達は実に様々な回答を示してくれた。

その全てをここに書くことは控えるが、印象に残ったものを1つ紹介したい。

とある生徒はこんな風に答えた。

生徒「条件によっても善し悪しの妥当性は変わると思いますが、少なくとも学業については功利主義的なものを採用すべきではないと思います。

頑張ったらゲームを買ってあげる、といった方法は極力避けるべきです」

私「そう考えるのは何故?」

生徒「手段が目的となってしまうからです」

これは比較的よく指摘される功利主義の難点の一つだ。

彼は続けた。

生徒「学業において、その目的は学業そのものにあるはずです。

学びを通じて自らを成長させ、人生の選択肢を広げることこそ目的です。

しかしそのための手段として報酬を設定してしまうと、その報酬が魅力的である程、手段であったはずの報酬がむしろ目的として機能するように変質してしまう。

端的に言って、ゲームが欲しいから勉強するようになる。

一方、目的だったはずの勉強は、むしろ報酬を得るための手段になりさがり、関係性が逆転してしまう。

これは最悪です」

彼の説明は簡潔でわかりやすく、他の生徒達も頷きながら聞いていた。

私は、生徒たちが質問に対してよく検討してくれたことを喜びつつ、あえて少し意地悪な質問をすることにした(多くの場合、私は生徒が答えてくれた考えや価値観の逆を示すように心がけている。揺さぶりをかけることで、より考えが精査されると考えるためである)。

私「君の考えはよくわかった。

しかしもしそうだとするならば、学業の世界から報酬や制裁を取り除くべきだ、ということになるかもしれない。

頑張ったらゲームを買ってあげる、といった工夫をなくすのはもちろん、悪い成績をとった生徒に対して何かしらのペナルティを課したり、あるいは良い成績をとった生徒を表彰したりするのも避けた方がいいのかもしれない。

学業の結果に対して叱られることはないが、褒められることもない。

その方が良いということかな?」

生徒「はい、その方が良いです。

学業の本質的な報酬や制裁は外部から与えられるべきものではありません」

彼はきっぱりと応えた。

しかし周囲の生徒はというと、先程のように頷いてはいなかった。

「先生や親に怒られないなら、俺はたぶん勉強しないな…」

「私は進学や就職といった報酬に期待して勉強しているかも…」

チャイムが鳴って授業は終わったが、どうやら課題が残ったようであった。

 

 

また別の日の夜、ににがお話をしてくれた。

にに「この間の功利主義の話だけど…」

私「うんうん、聞かせて」

にに「ににはできるだけ功利主義に頼らない方がいい気がする」

私「なんでそう思うの?」

にに「功利主義はとにかくやってもらうことを大事にしていて、何でやるのかってことをあまり考えてない気がするから」

これはとても良い指摘だと感じた。

ににはうっすらとではあるが、結果だけでなく動機についても視野に入れるべきだと考えているようであった。

にに「功利主義は多分、本当に困っちゃった時の最後の手段なんだと思う。

真っ直ぐ向き合えないけど、どうしても進まないといけない時に、ちょっとごまかして無理矢理進むための最終手段なんじゃないかな」

これは面白い表現だと思った。

私「それっていうのは例えば、ととちゃん(次男)が面倒くさがってお着替えをしない、けどそろそろ家をでないと遅刻するって時に、着替えたらお菓子をあげるよって声をかけて行動を促すみたいな感じ?」

にに「そうそう!

本当はちゃんと着替えないといけないことを理解して着替えた方がいいけど、今それやってる余裕がととちゃんに無さそうな時は、しょうがないのかなって」

私「でも本当は頼らない方がいいんだね?」

にに「うん、だって損得と善悪は違うから」

損得と善悪は違う。

さらっと言ったが、これは快楽と善悪をほぼほぼ同一視する功利主義とは別の立場である。

掘りさげようかなとも思ったが(損得と善悪では何が違うの?)、この日はやめておくことにした。

私は学校の話をした。

私「生徒たちがね、褒められたり叱られたりがないと勉強しづらいかもって言ってたんだけど、ににはどう思う?」

にに「にには褒められたら嬉しいけど、叱られたらもうやめちゃうかも」

なるほど。

叱られることを回避するために、いっそ完全に離脱してしまうという選択肢もあるか。

私「どうやったら楽しく勉強できるかな?」

ににはしばし考えた後、答えた。

にに「いつも隣にいてくれたら楽しいと思う」

私「というと?」

にに「勉強してて楽しい時もあるけど、楽しくない時もある。

でもどんな時も傍で様子を見てて、お話してくれたら楽しい気がする」

私「何かがわかった時に、一緒に喜んだりとか?」

にに「何かがわからなくても、一緒に悩めたら楽しいかも」

ん~…なるほど。

私は整理した。

私「つまり互いに状況を理解したり共有したりすることができれば、結果がどうだろうと楽しくできるかもしれないってこと?」

にに「そういうことかも!」

まだまだ話していたかったが、時間が来てしまった。

私が灯りを消すと、にには間もなく眠りについた。

 

 

私はににが答えてくれたことを反芻していた。

生徒たちには楽しく学んでもらいたい。

そのためにはもっと彼らの状況を理解したり共有したりする必要があるのかもしれない。

子供の頃はもっていた素朴な好奇心は失われ、まるで労働のように学校に通う子がいるとしたら、それは先の生徒が指摘したように、目的と手段とが逆転してしまっているのかもしれない。

だとしたら、教師の役割はとにかく生徒を学校に通わせることではない。

学びの喜びを思い出して貰うことにこそある。

「ここテストに出るからしっかり覚えておけよ!」

それだけは絶対に言わないようにしよう、そう思いながら私も眠りについた。




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